エルヴィン・スミス1 09
団長付きっ切りの訓練を終えて兵舎まで送ってもらう
扉の前に立ち、帰っていく彼を見送るとは自室へと向かった
これからお風呂に入って、それから夕食という流れなのだが今は浴室は混みあう時間だろう
同期がいる中でこんな体を晒す訳にはいかず、やはり時間をずらそうと思いながら部屋の扉を開けた
室内ではサシャが立体機動装置を外しているところで、こちらを振り返るとにこっと笑顔を見せてくれる

「お疲れさまでした、。怪我はしていませんか?」
「サシャもお疲れさま。怪我はしてないよ。でも、やっぱり体力が落ちちゃって」
「そうでしたか。でも、すぐに元に戻せますよ」
「ふふっ、頑張るね。あ、そうだ。ライナーに――」

手紙を書くから渡して欲しいと続けようとしたところでドアをノックされた
サシャがびくりと肩を揺らすのを見てまさか団長かと思いながらもくるりと扉の方に体を向ける

「はい」

返事をして、未だに鍵が壊れたままの扉を恐る恐る開けて――
廊下に立っていたのは兵長を初めとした特別作戦班の人たちだった

「?」

どうして彼らが訪ねてくるのだろう
不思議に思っているとリヴァイが僅かに眉を寄せて口を開いた


「はい?」
「引っ越しだ」
「え?」

なんでと思っている間にも兵長が横へと一歩踏み出して、空いた戸口から四人が入ってくる
見れば皆木箱を抱えて来ていて、ペトラが室内を見回すと自分へと顔を向けた

「あなたの荷物は?」
「こちら側にあるのがそうですが……」

衣装棚とか、机とか
それぞれが二つずつあるからサシャと一つずつ使っていた
時々、物の貸し借りはしているが今は全部互いの棚の方に置かれているだろう
そう思っている間にも次々と私物が箱へと入れられて、それを見たサシャが足早に自分の隣へと移動してきた

、どういうことですか?」
「分からない……あの、リヴァイ兵長……?」
「エルヴィンが」
「団長が……?」
「てめぇを連れて来いと」
「っ……!」

今日から、やっと一人で眠れると思ったのに
いや、でも彼と同室と言う訳ではないだろう
だって自分は訓練兵で、そんな相手と一緒に暮らすなんて事は無理に決まっていた
だから別に部屋を用意してそちらに来いという事か
同期と同じお風呂を使わずに済むようにしてくれて――というか、それならばお風呂だけ貸してくれたら良いのに
そう思い、思わずため息をつくと兵長も同じように息をはいた

「はぁ……てめぇには迷惑を掛ける」
「い、いえ……大丈夫です……」

そんな話をしている内に、元からあまり荷物も多くないから荷造りは終わってしまう
四つの箱に収まる程度にしか自分の物はなかったか
そう思いながらサシャの方を見ると彼女の肩に手を触れた

「ごめんね、いきなり。部屋は別になるけど、訓練とか任務で会えるから仲良くしてね」
「もちろんですよ。寂しいですが仕方ありません。……相手が団長では……何も出来ない私を許してください……」
「あはは……逆らえないものね……兵長も、班の方も……お手数をおかけします」
「……これからのお前の人生に同情する」

そう言い、彼が足を踏み出すのを見てサシャから手を離す
彼女にもう一度別れを告げるとリヴァイの後を追って歩き出した
くつろぎの時間だというのに現れた上官の姿に皆が慌てて道を空けてくれる
何事かと見送る視線を感じながらは斜め後ろのオルオへと顔を向けた
目が合うと彼がなんとも言えない表情を浮かべる

「……悪い……助けてやれねぇ……」
「っ、そんな、大丈夫ですよ」
「でも、これじゃあ嫁入りよね……」
「ペ、ペトラさん、何を言って……」
「……、部屋を見たら驚くぞ」
「部屋の準備をしてきたんだ。……団長の命令で」

エルドとグンタの言葉に驚いて彼らを見た
そういえば、訓練施設に行く途中でエルヴィンがエルドを呼び止めていたっけ
何を話していたのかは分からなかったが、これの手配をしていたのか
こんな事をさせるなんて職権乱用では――
やっぱり自分が関わるとエルヴィンはどこかおかしくなるらしい
あまり周囲に被害を広げたくはないのに
そう思いながら前に向き直ると兵舎を出て先を歩くリヴァイの後について行った
夕日が長く影を伸ばす足元を見ながら歩いて、向かう先が分かると足が止まりそうになる
それでもなんとか前へと踏み出して、リヴァイが開けた扉から屋内へと足を踏み入れた
廊下を進み一つの扉の前で足を止めるとそれを開けてこちらに体を向ける

「ここだ」
「あ、あの……この部屋の隣って……」
「エルヴィンの部屋だ」
「ですよね……」
「ついでに言えば、部屋にベッドはない」
「はい?」

じゃあどこで眠れと言うのか
床かと視線を落としたが木製のそれは掃除がされたばかりのようで灯されている蝋燭の灯りに艶やかに輝いていた
先輩たちが掃除をしてくれたのだろう
リヴァイ班の人は掃除が凄まじく上手だという話だから
申し訳ないと思っているとリヴァイが中へと入り、室内にある扉を開けた
スゥッと軋んだ音一つ立てずに開いた扉の向こうには見慣れた空間が広がっていて――

「えぇっ!?」
「残念ながらここが寝室だ。エルヴィンと寝ろ」
「…………」

まさか寝室が別にあって、そして今朝まで横になっていたエルヴィンのベッドがあるなんて
この部屋と繋がる扉なんて存在しなかったのに
そう思いながら目を向けて、それが取り付けられたばかりで真新しいのだと分かった
通りで音を立てずに開いたわけだ
まさかこれもリヴァイ班が取り付けたのだろうか
命令とはいえ自分を追い詰める事をしてくれる
精鋭揃いの憧れの先輩たちとはいえ――

「うぅっ……恨んじゃ駄目よ……命令、命令なんだから……でも、ひどいぃ……!」
、心の声が漏れてるわ……無理もないけど」
「すまない、命令なんだ……」
「俺たちのことはいくらでも恨んでくれ」
「だが兵長は恨むな。この部屋のことは俺たちがやったんだ」

ペトラ、エルド、グンタ、オルオの順でそう言われては滲んだ涙を指先で拭った
胸の内で思った言葉が口から出てしまうとは
大丈夫です、と言おうとしたところで扉が開く音が聞こえた
振り返った視線の先にはエルヴィンが立っていて――
驚いている間にも彼がこちらへと歩み寄り、頬に手が触れた
ヒヤリとした冷たさに目を瞬くと、エルヴィンの指が目尻を撫でる

「……泣いていたのか?」
「嬉しくて。素敵なお部屋をありがとうございます、エルヴィン」
「そうか」

くるりと彼の方に体を向けるとにこ、と笑って見せた
エルヴィンの背後に立つ形になった兵長を初め、班員の先輩たちが驚いた表情を浮かべる
酷いと言いながら嬉しいと矛盾した事を言ったからだろうか
でも、こう言わないといけない気がして
別の部屋が良いなんて言ったら閉じ込められてしまいそうだから
この人ならばやりかねないだろうなと思いながらは頬に触れるエルヴィンの手に自分の手を重ねた




「あのガキ、お前たちを庇ったな」
「はい……助けられました」
「あそこで嫌だ、なんて言ってたら俺たちも団長になにをされるか……」
「良い子ですね。そんなところも、団長は気に入っているのでしょうが……」
「私たちに助ける手段がないのが辛いです……」

の荷物を部屋に置いて自分たちの兵舎へと戻る道すがら、そんな言葉を交わす
本音を漏らして泣いたのに、咄嗟に嬉しいと言った彼女
エルヴィンの事を好きだと言ったが、その言葉は本心からなのだろう
でもそれと同等くらいに恐怖も感じているようだ
あのように狂った愛情を向けられては怯えるのも無理はないが――

「エルヴィンは常識をクソと一緒に出しやがったか」
「そうスね……でも、あの子の前だけで済んでいるのが救いです」
「仕事は普通にやっていますからね……」
「兵長、団長が元に戻る可能性はあるでしょうか」
「ねぇな。酷くなる一方だろう」
「そんな、あっさり……」

肩を落とす班員を肩越しに見て前へと向き直る
訓練兵一人守る事が出来ないとは
人類最強と言う自分の力はなんの役にも立たないではないか
リヴァイはそう思いながら闇に侵食されていく空を見上げた


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箱に入れられた私物を衣装棚や机の引き出しに片付けていく
荷物は多くはないからそう時間を掛けずに作業を終える事が出来た
空き箱を外へと運び出して所定の位置へと戻しておく
それらの作業を終えるとはふうと息をはいた
次はお風呂に入りたいのだが良いだろうか
エルヴィンが先に入るかなと思いながら衣装棚から先ほど片付けたばかりの寝衣を取り出した
肌着と下着を間に挟むようにして隠して――まあ今更見られてもという感じもするが――
更にタオルを用意して寝室へと続く扉を見る
こちら側から行っても良いだろうか
そう思いながらそっと扉を引き開けて、隙間から覗いてみた
机に向っていた彼が丁度書類を置いたところで、こちらへと顔を向けられる


「すみません、お仕事中に……」
「大丈夫だ」
「あの、お風呂に入っても良いでしょうか」
「構わない……一緒に入ろうか」
「っ、はい。背中、流しますね」

これではペトラが言った通り本当に嫁入り状態ではないか
はそう思いながら席を立つエルヴィンが支度を終えるのを待った