エルヴィン・スミス1 10
「明日は皆で遊びに行こうよ」

アルミンのそんな魅力的な言葉が聞こえて思わずそちらに顔を向ける
訓練兵を交えての兵站拠点の設置任務を三日後に控え、最近はその準備でバタバタしていた
団長との同棲(?)生活にもまだ慣れられず心身共に疲労が溜まっている
遊びに行ったら気休めになるだろうか
周囲の人たちが同意するをの眺めているとミカサがこちらへと顔を向けた


「……なぁに?」

自分に声が掛かるとは思わずに反応が遅れてしまう
それに気付かなかったのか、彼女が側に来て自分が座る机の上に両手を触れた

「あなたも一緒に」
「良いの?」
「勿論」
「ありがとう。……上手く、抜け出せたら……時間になっても私が来なかったら、皆で楽しんで」
「?」
「その、団長が……付いてきちゃうかも、知れないから。そうなったら遊ぶどころじゃないだろうし」
「……団長は過保護だと思う」
「あはは……そうだよね」

言いながら、兵長に貰ったスカーフをそっと引き上げる
自分の引っ越し騒ぎはその日の内に同期の中に広がっていた
まあ、リヴァイ自ら来たのだから無理もない事なのだが
引っ越し先があんな部屋だからエルヴィンとの距離が近過ぎて、友人と遊びに行くのにも気を遣ってしまう
何も言わずに出かけて良いのだろうか
一言、遊びに行くと言っておいた方が良いか
は悩みながらスカーフから指を離してエレンの側に戻るミカサを見送った


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一夜明け、は私服姿でエルヴィンの私室の隣の部屋にいた
別の場所に団長室、というものがあるのに何故だか彼は私室の方で仕事をしている
広場に近い場所にある団長室の方が仕事がやり易いだろうに
そう思いながら足音を立てないようにそろりと扉に歩み寄る
指先を木の表面に触れて、耳を寄せて隣室の音に意識を集中した
聞こえるのはエルヴィンと、もう一人の訪問者の声
少し前に廊下を歩く音が聞こえたがこの人の足音だったのだろう
誰だろうとちらりと覗いて一瞬見えたのは伸ばした髪を一つに束ねた兵士の姿だった

(確か……ハンジ分隊長、だったよね)

エレンの話では男だか女だか分からない人、らしい
身長も胸の大きさも微妙らしいが、声を聞くと女性のような感じがした
そう思いながらそっとその場を離れて廊下へ通じる扉へ向かう
私服のスカートを軽く払い、お財布とハンカチがポケットに入っているのを確認した
訓練に行く訳ではないからと下ろしている髪を整えるとそっとドアノブを握って押し開ける
隙間から廊下を見て、隣の部屋の扉を気にしながらそろりと部屋から出た
音を立てないように細心の注意を払いながら扉を閉めて、玄関へ向かって一歩踏み出して――
そこで目に入った人の姿にびくりと肩を揺らして動きを止める
自分が行きたい方向に居るのは背の高い兵士
エルヴィンよりも背が高く、相応に肩幅もあって
誰だと思っていると彼がじっと自分を見つめて、それからエルヴィンの部屋の方へとチラリと視線を向けた
重々しい足音を立てて側に来ると近くの窓を開けて下を見るように少し身を乗り出す
それからこちらに顔を向けるとちょいちょいと手招きをされてしまった

「?」

なんだろうと思いながらも側に行くと、脇の下に手を突っ込まれてひょいと持ち上げられてしまう

「っ――!?」

無遠慮に触れる手と、重さを感じないかのように持ち上げる力に驚いている間にも窓から外へと出されてしまった
彼が身を乗り出すようにしてこちらの体を地面へと下ろしてくれる
手を離すと男性が窓の縁に手を置いてこちらを見下ろし、口を開いた

「時間は稼ぐ。行け」
「ありがとうございます。あの……」
「……、フッ。良い匂いだ」

スンスン、と匂いを嗅いでフッと鼻で笑った彼
聞いた通りの行動に紛れもなくミケ・ザカリアスだと分かった
この低い声は風邪で寝込んだ時に聞いた男性と同じだし――
本当に匂いを嗅いで笑うのだなと思いながらはぺこりと頭を下げる
くるりと背を向けて小走りに兵舎を離れると同期との待ち合わせ場所へと向かった
前は見捨てられたが、ミケ分隊長は良い人ではないか
エルヴィンに見つからないようにしていた自分を助けてくれたのだから
それに時間稼ぎもしてくれるようだし
昨日、友人と出掛けると言っておいたから団長が隣室を見て不在でもおかしいとは思わないだろう
今日は友人たちとの束の間の休みを満喫できるだろうか
そう思いながら広場へと向かい、購買部の側にいる彼らの元へと駆け寄った

「お待たせー」

「良かった。団長に捕まってるのかと思ったよ」
「大丈夫?監視とかされてるんじゃ……」
「えぇ?監視はされてないよ。ただ、側に居ようとするだけで……だから、気付かれないように出て来たの」
「おいおい、追いかけて来たりしねぇだろうな」
「ミケ分隊長が時間を稼いでくれるって」
「じゃあ急いで町の方に行こう。兵舎の側に居るとすぐに見つかるぞ」

ジャンのその言葉に頷いて皆でその場を離れる
こうして遊びに出掛けるのはいつ以来だろうか
足取り軽く歩きながらふとライナーの方を見る
買いたい物があるのだが、彼は協力をしてくれるだろうか
この前、訓練施設で団長からあんな命令を受けてしまったから困らせてしまうかも知れないが――
はそう思いながら話しかけてくるクリスタの方へと顔を向けた


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町で遊ぶなんて久々過ぎて、なんだか緊張してしまう
路地で遊ぶ子どもがいたり商人が客を呼び込んでいたり
兵士を目指さなかったら自分もあのようにして暮らしていたのだろうか
考えた事もなかったなと思いながら露店で購入したお菓子を食べる
素朴ながらも美味しいその味に幸せな気持ちになっていると、人々の行き交う大通りの中に異質な人を見つけた
頭一つ分、周囲の人から飛び出しているからその姿はかなり目立つ
視線が合うと彼がこちらに進路を定めて歩み寄ってきた
適切な位置で立ち止まると周囲にいる同期を見回してからこちらへと視線を落とす

「合流できたか」
「はい。ミケ分隊長、ありがとうございました」
「いや……遊行も必要なことだ」

もうじき訓練兵を卒業し、正式に兵士となる自分たち
壁外任務でいつ命を落とすか分からず、だからこそ今日の休日は貴重だった
明後日には兵站拠点の設置任務もあるし
そんな事を考えていると彼が不意に顔を上げてスン、と鼻を鳴らした
それからくるりと背後を見て――こちらに向き直ると眉間に皺を寄せて口を開く

「エルヴィンの匂いがする。ここを離れろ」
「えっ」
「助かります。見つかる前に行くぞ、
「ありがとうございます、ミケ分隊長。失礼します」

ユミルとミカサがそう言い、こちらの腕に触れてその場を離れた
他の同期も姿の見えない団長から逃げるようにして路地の方へと向かう
するとアルミンが側に来て声を掛けてきた

「大勢でいたら目立つからバラけよう」
「そうだな」
「そうしよう」
「あの、私ライナーにお願いがあって」
「じゃあ、はライナーと一緒に行動して。ミカサはエレンと。ユミル、クリスタと向こうへ。他の皆も上手く移動して」

その言葉に皆が頷き、ライナーが側に来てくれる
足早に路地を進み、分れ道で皆が方々へ散って行った
それを見送り、歩調を緩めると周囲を見回す
そんな自分を見てライナーが首を傾げて声を掛けてきた

。俺にお願いってなんだ?」
「あの……ごめんなさい、私のせいでせっかくの休日なのに楽しめなくて……」
「何を言っているんだ」
「昨日、団長には話をしておいたんだけど……今日は来客があって、行ってきますって言えないまま来てしまって」
「団長は保護者ではない。それに、外出に許可が必要な歳でもない。友人と遊びに行くのになんの遠慮がある」
「でも団長が町に来てるって……」
「気にするな」
「うん……」
「で、俺にお願いとは?」

そう言われては彼の方に体を向けた
見上げる位置にある顔が彼の背丈とそう変わらないのを感じて口を開く

「服を買いたくて」
「服?」
「うん、団長に」
「……」
「身長が近いから。髪の色も……想像しやすいと思って」
「まぁ、そうだな」
「衣装棚の団長の服を見たんだけど、普段着がなんか、堅苦しいのしか入ってなくて」
「そうなのか。私服の団長は見たことがないな」
「うん。それで……ラフな服をと思って」
「分かった。協力しよう」
「……ごめんね、脅された相手なのに……」

そう言うと彼がひくりと口元を引きつらせる
視線を彷徨わせ、それから小さく溜息をもらした

「団長のお前への愛情を嫌という程感じた」
「……」
「まあ、触れなければ大丈夫だろう。どの店に行く?」
「えっと、町ってあまり来ないから……取り敢えず、あっちに行きたいな」

なんとなく、衣料店がありそうな方向へと顔を向ける
同意してくれたライナーと共に歩き出し、並ぶお店を眺めた
雑貨とか、果物とか
色々なお店の中に幾つか衣類を扱う店がある
店先に下げられる服を見て、イメージとは違うなと通り過ぎた
一つ目、二つ目と通り過ぎて三つ目のお店の前で足を止める
あまりライナーを待たせるのも悪いから、ここで決めてしまおうか
そう思いお店に入るとハンガーに下がる服を手に取った
ライナーの体に合わせて似合うかどうかを想像する

「エルヴィンは色が白いし、金髪だから……こんな色が良いかなぁ?」
「……エルヴィン?」
「あっ……だ、団長」
「普段は名前で呼んでいるんだな」
「……そう呼んで欲しいって、言われて」
「そうか。お前が似合うと思う色を選ぶと良い」
「えぇ?う~ん……」

悩みながら、いくつかのシャツをライナーの体に合わせてみた
その中から紺色と、綺麗な空色のシャツを選ぶ
スラックスも二本、こちらは黒と濃いグレーを手に取った
あと自分用にスカーフを二枚、首を隠すのに必要だから買い足す事にする

「これにする」
「良いんじゃないか?」
「えへへ……買ってくるね」
「あぁ」

いそいそと店員さんがいるレジへと向かい、会計をしてもらった
服を上下二着分ともなると結構な値段だが買えない金額ではない
今日の外出の目的はこれだったし――と思いながらお金を払った
お財布の中身が半分ほど減ってしまったがまぁ良いだろう
そう思いながらお釣りと、服が入れられた紙袋を受け取った
店員に礼を言い、くるりと踵を返して
足を踏み出したのと同時にぽふっと顔に何かがぶつかった
驚いて一歩後ろへ引き、ぶつけた鼻に手で触れながら目を瞬く
人の胸が見えて、そこに輝く証にびくりと肩が揺れる
顔を上げるとこちらを見下ろす団長と視線がぶつかった

「っ……エルヴィン」
「ティア。買い物をしていたのか」
「は、はい……」
「友人たちと楽しんでいたようだな」
「はい。皆で出掛けるのは久しぶりだったので」
「そうか……中断してしまうのは気が引けるが……帰ろう」
「え?」
「雨が降る。ここへ来る前にミケに会ったが、雨の匂いがするそうだ」
「そう、ですか」

あと二時間くらいは遊べると思ったのに
でも雨が降るのならば帰った方が良いか
濡れるのは嫌だし――と思っているとエルヴィンがこちらへと手を差し出した
きょろ、と店の出入り口に視線を向けるが何故だかライナーの姿が見当たらない
団長が来るのが見えて隠れてしまったか
まあ、気持ちは分かると思いながら彼の手を握る
先に帰る事を伝えたかったのにと思いながらお店を出て空を見上げた
ミケ分隊長の鼻は確からしく、集合した時には晴れていたのに今は暗い雲が覆いつくそうとしている
残念だが今日は帰ろうか――と思ったところで少し離れたところにライナーとベルトルト、それにアルミンの姿を見つけた
視線が合うのが分かり、紙袋を抱える方の手を軽く振る
それで察してくれたのか、彼らが頷いて手を振り返してくれた
視線を前に戻し、紙袋を抱え直しているとエルヴィンに声を掛けられる

「重そうだな」
「はい、上下二着の服とスカーフなので……結構重たいですね」
「俺が持とう」
「すみません」

抱えられない重さではないが、落としそうだから持ってもらう事にした
中身は彼へのプレゼントだというのに
そう思いながらエルヴィンに紙袋を手渡すと、それを持った彼がこちらに顔を向けた

「二着分にしてもやけに重く感じるな」
「その……エルヴィンの服、なんです」
「俺の?」
「はい。良かったら着てもらえたらと、思って」
「……ありがとう。次に休みが合う時は俺と出掛けよう」
「はい、楽しみですね」

それは所謂デート、というもののお誘いだろうか
休日に、お互いに私服姿で出歩けるのか
とても楽しみなのだがそれは壁外任務の後になるだろう
無事に帰って来られたら良いのだけど
はそう思いながら背後からの風に靡く長く伸ばした髪を左手で押さえた