エルヴィン・スミス1 11
とうとうこの日が来てしまった
毎日の訓練で体力を取り戻して迎えた訓練兵が参加する兵站拠点の設営日
同期はほとんど全員が希望して任務の準備をしていた
制服を着て、立体機動装置を装備して、馬に乗る
配られた作戦紙に書かれた通りの位置で待機をして出立の時を待つ――筈だった
恋人にはなるが兵士として扱って欲しい
そう言ったのに何故か自分は団長、分隊長、兵長が集まる場所に立っていた
ペトラに呼ばれて同期の側を離れて来たのだが、なんでこんな事になっているのか
ちらりと友人たちの方を見れば彼らはかなり後方にいるが、馬の背に立ったりしてこちらの様子を伺っているようだ
訓練兵だが、初陣とそう変わらないから上官の動きが気になるのだろう
片足で器用にバランスを取るミカサの姿を見てから顔の向きを戻した
訓練兵団の紋章がついた外套のフードを深く被り直すと俯くように顔を伏せる
同期と一緒に緊張感を分かち合いたいのに
そう思いながら最終的な確認をする彼らの声を聞きながらただただ地面を見つめ続けた
そんな自分の視界の端でちらちらと何かが動くのが見える
どうやら人のようだと思い、そちらへ目を向けると屈んでいるその人と視線が合うのを感じた
ゴーグルを着けた、長い髪を一つに結んでいる兵士
女性か男性か分からないが――

(あ、ハンジ分隊長……?)

少し前にちらりと一瞬見た人ではないだろうか
眼鏡が、ゴーグルに替わっているがと思っているとその人がぱちりと目を瞬いた

「エルヴィン、この子は?」
「ああ、ハンジは知らなかったか」
「うん。訓練兵みたいだけど」
「この子はだ」
「訓練兵は皆向こうにいるのに……何か特別な能力でもあるの?」
「上位十名に入る優秀な訓練兵だ。そして――」

言いながらエルヴィンがこちらの頭からフードを外し、体の前で握り合わせていた右手を取られた
その手の甲に、柔らかなものが触れて――チラ、と視線を向けて唇で触れられているのが見える
それを見てハンジが笑顔のまま口元を引きつらせた

「俺の婚約者だ」
「えぇ!?」
「……え?」
「エルヴィン……」
「突っ走り過ぎだと言っただろう」

ハンジが驚き、自分の口から声が漏れ、ミケが団長の名を呼び、リヴァイがため息交じりにそう口にする
いつの間に恋人から婚約者になったのか
驚いて視線を彷徨わせると、兵長の後ろに並ぶ憐れむ視線の特別作戦班の面々が居て――
助けを求めたいが、彼らが一斉に視線だけを逸らすのを見て諦めた
何の合図もなく、動きを合わせる事が出来るなんて
これが連携か――と思い、ゴーグルの人に対して引きつらないように微笑んで見せた

「初めまして」
「……初めまして、。私はハンジ。ハンジ・ゾエ。分隊長だよ」
「よろしくお願いします……ハンジ分隊長」
「こちらこそ、よろしくね。……いつからエルヴィンと付き合い始めたのか聞いても良い?」
「ええと……二週間ほど前、ですね……」
「……そう……その、君はそれで納得……して、いるんだね、うん」

ちら、とハンジの目がエルヴィンの方を見て言葉を修正したように思える
前にミケが書類を届けに来た時と同じように――
何かしたのだろうかと顔を団長へ向けるがいつも通りの表情の乏しい顔だった
ハンジがビクッと肩を揺らしたのが、視界の端に見えたけれど
なんだろうと思っていると周囲で準備に走り回っていた兵士が騎乗し、出発の時刻が迫っているのが分かった
自分も後方へ戻って馬に乗らなければ
そう思い、エルヴィンの方へと体を向けた
こちらを見下ろす彼と視線を合わせると外套越しにエルヴィンの心臓の上へ手を触れる

「ついて行きます。どうかご無事で」

先頭を行く団長に自分が出来る事なんて何もない
ただ、こうして声を掛けるだけで――
そう思い、手を引こうとしたところで彼の両手が重なるようにして触れた

「っ……?」

手を引きたいのだが動かせなくなってしまう
困ったと思い、ふとエルヴィンへ視線を向けて――

(こわっ……)

口元を引き結び、眼力凄まじく見つめられるのは恐怖しかないのだが
でも何故だろうか、頬の辺りが赤く色付いているのは
なんて考えている間にも団長がその長身を屈めて
自分の上に影が下りて――そしてチュッと小さな音を立てて唇が、触れ合って
視界に入る位置に立っていた兵長が仰け反るのが見えた
エルヴィンが上体を起こすとゆっくりと手が離される
はズリ、と音を立てて足を引くとエルヴィンの腰の辺りを見て口を開いた

「今は、兵士として、扱ってくださいっ。……失礼します」

そう言い、逃げるようにしてその場を離れた
荷を積んだ馬車の間をすり抜けて、兵士が騎乗する馬の間を通り抜けて同期の元へ
辿り着いた先では何故か皆が体を払うような仕草をしていた
なんか土の匂いがするし、埃っぽいし――
ぱっと叩かれたジャンのスラックスから砂埃が落ちる
それを見ては彼を見上げた

「どうしたの?」
「衝撃的な光景を見てしまってな……」
「?」
。今、団長と……」
「え、クリスタ……見てたの……?」
「私とジャンだけじゃないよ。皆、見てたの」
「……皆、馬の背に立つのは危ないよ。落ちることだって、あるんだから」

見られた事はスルーして落馬した同期にそう言うと自分の馬の首を撫で、手綱と鞍を掴んでその背へと跨った
サシャとかコニーならば話は分かるが、まさかクリスタまで
真面目組のミカサもアルミンも、皆で何をしているのか
そう思いながら両足をしっかりと掛けて、腰の位置を調整して
周りで皆がきちんと馬に乗るのを見てから隣のベルトルトへ顔を向けた
自分と同じように体勢を整えた彼がこちらを見る

。その……色々、大変だね……」
「代わってくれる?」
「絶っっっっっ対、嫌だ!」
「!……すごい、ベルトルト。自分の意見が言えたじゃない」
「あっ……本当だ」

身長が高くて人目を引き、技術もあるのにいつも静かなベルトルト
そんな彼からあんなに大きな声が聞ける日が来るなんて
これを機会に、色々と意見を出せるようになってくれたら良いなと思う
なんて、そんな事を考えていると時間が来たらしく訓練兵の周囲を囲む兵士が姿勢を整えた
それを見て自分も手綱を握り直して前方へと意識を向ける
ゴゴ、と重々しい音が響き正面にある門が開かれるのが分かった

「兵站拠点設置任務を開始する!前進せよ!」

エルヴィンの良く響く声が聞こえ、同時に馬の胴を軽く踵で蹴り、手綱を操る
一般の住民が道を空ける大通りを駆け抜けて旧市街地へ
視界の端に見える大きな肌色が巨人か――
援護班の兵士が討伐に飛び回り、その下を拠点設営の兵士が駆け抜けた
まるで現実味がないがこれが壁の外、なのか
シガンシナ区から逃げる時に、見たと思うのだがあまり記憶に残っていない
とにかく、作戦紙に書かれていた通りにしなければ
はそう思いながら先頭を行く団長の方へと目を向けた
馬車や他の兵士に阻まれて、その姿は見えないけれど――
でも、この隊列を率いる彼がいるであろう先を見てどうか無事でありますようにと祈った




家屋がまばらになり、目の前に平原が広がって
壁の外だと漸く実感が湧いたところで周囲の兵士たちが馬の間隔を広げるようにして遠ざかっていく
これからは巨人を見つけたら信煙弾を上げて、戦うのを回避しながら進む事になるのか
奇行種だけは討伐対象になるが――ああ、訓練兵だというのに本当に初陣と変わらない
そう思っていると自分の隣にリヴァイが並んだ

「っ、兵長」

彼の位置は別の場所だった筈では
そう考えている間にも反対隣りにオルオが来て、背後にエルド、グンタ、ペトラが来て
なんでこんな――守られるように囲まれているのだろう
そう思っていると視線の先でオルオが口を開いた

「命令だ。、俺たちの任務はお前――つぅっ!」
「きゃあっ!オルオさん、大丈夫ですか!?」

口から血が舞い散るのを見て、驚いて思わず悲鳴を上げてしまう
そんな自分に、彼は右手の手の平を向けて軽く振ると左手でハンカチを取り出した
それで口元を覆うのを見ていると背後からリヴァイに声を掛けられる

「舌を噛んだだけだ。いつものことだから気にするな」
「えぇっ……下手したら死んじゃいますよ……」
「馬に乗っている時は喋るなと言っているんだがな……」
「大丈夫よ、血が止まったらまた喋るから」
「……オルオさん、気を付けて喋った方が良いと思います……ところで、なぜこちらに?」
「エルヴィンの命令だ」
「?」
「てめぇを守るのが俺たちの任務だ」
「えっ、そんなこと、一言も……」
「お前が同期の方に戻ってから出た話だ」
「っ……特別扱いしないでくださいって、言ったのに……!」
「今回だけだ。次はてめぇも他の奴らと同じく一人で行くことになる」
「……了解しました」

それならば、まあ、良いだろうか
初めての外で不安も緊張もあるし――と思ったが、やはり他の同期は一人で行動している訳で
そう考えるとやはり特別扱いされていると感じた
この一回限りだとしても――と思ったところで左前方で上がる黒色の信煙弾
奇行種が出たのだと分かり、オルオがハンカチをポケットへと突っ込んだ
まだ距離が遠くて巨人の姿は見えないが、徐々に信煙弾の上がる位置が近付いて来る

「兵長、来ます」
「オルオ、補佐しろ」
「了解しました」

そんな言葉が交わされ、そして近付いて来る巨人の姿が見えてきて
はっきりと見たその姿は悍ましいものだった
教科書で見た通りの人間とは違う体つきと、ぎょろりとした目
さらに、そんな姿で上半身をがくがくと左右に大きく揺らして走って来るのだから怖くて仕方がない
そんな巨人を相手に先にオルオが馬の背から飛び上がり、その足首を抉るように削いだ
体勢を崩した奇行種の項を、続いて飛んだリヴァイが削って――
倒れた巨人が蒸気を上げるのを肩越しに振り返りながら見る

「わぁ……」
「見たか、あれが奇行種の倒し方だ」
「一人で討伐するのは難しいわ。連携が基本よ」
「絶対に一人では動くな。奇行種の討伐は俺たちがやる」
「はい」

あんなに凄い動きが自分にもできるのだろうか
地面に触れそうなくらい低い位置を飛んで足首を狙い、倒れる巨人の項を正確に削ぐなんて
もっと訓練が必要だろうと思いながら馬の脚を緩めてリヴァイとオルオが戻るのを待つ
騎乗した二人が戻ると少し右寄りの方向に緑色の信煙弾が上がった

「エルヴィンだ。行くぞ」
「はい」

団長が上げるあの信煙弾を目印にこの平原を駆け抜けなければ
地面の起伏のせいで団長の姿は見えないが、信煙弾の位置からしてまだそう離れては居ないのだと分かる
あまり離れない内に追わなければ
はそう思いながら手綱を握り直すと再び馬を走らせた