オルオ・ボザド1 11
怪我のせいか、熱が上がってベッドから離れられない
熱が下がり、傷の状態が良くなるまでは本部の方で過ごす事になってしまった
目を覚ますたびにクリスタが汗を拭いてくれたり、ユミルがスープを飲ませてくれたり
サシャが水を飲ませてくれたり、ミカサがお手洗いに連れて行ってくれたり
お風呂に入るのも皆で手助けをしてくれて自分はとても――

「幸せ」
「はあ?大怪我しといて何が幸せなんだよ」
「目が覚めるたびに美人の顔が見えるんだもの」
「はっ、感謝するんだな。この私が世話してやってるんだから」
「うん。ユミル、ありがとう」
「それにしても、あんなにカッコつけて飛んでいったくせに死に損なって帰って来るなんてな」

その言葉を聞いて左手で毛布を引き上げる
口元を隠すと視線をあらぬ方向へ向けて口を開いた

「言わないで。思い出すと恥ずかしい」
「ふんっ。……ああ、そうだ。リヴァイ班のアイツ」
「ん?」
「お前がミカサに指輪を渡してくれって頼んだ……オルオさんだよ。あの人と、同じ班の女が皆の前で大喧嘩して凄かったんだ」
「喧嘩……?オルオさんとペトラさんが……」

あの二人が喧嘩をするのはいつもの事だけど
でも後輩が大勢いる前で大喧嘩とは穏やかではない
何があったのかと思っていると、ユミルが意地悪っぽい笑みを浮かべた

「お前がアイツを好きだとか、アイツもお前を好きだとか。見物だった」
「……え?」
「女の方が大泣きしながら食って掛かってたよ。お前、随分と可愛がられてるんだな」
「……」
「どうした?」
「ユミル、私……どうしよう、オルオさんのこと……」
「はぁ?お前、怪我の手当て受けた後にあの先輩と会ってるだろ?」

その言葉に毛布を引き下げ、左腕を支えに体を起こす
少しの眩暈を感じながらユミルを見ると眉を寄せながら口を開いた

「団長と兵長がいる前でそんな話出来ないよ……団長なんてじーっと見てくるし……」
「……呆れた。今更恥ずかしがるようなことかよ」
「だ、だって、そんな喧嘩してたなんて知らないし」
「次に会う時にはちゃあんと気持ちを伝えろよ。愛しい存在がいるってのはそれだけで力になるんだ。私にとってはクリスタがその存在だな」
「……うん……そう出来れば、良いけど……」

曖昧に頷いたところでミカサが昼食を持って部屋に入ってくる
それを見てユミルが座っていた椅子から腰を上げた

「ミカサ、お前からも言ってやってくれよ。この恋愛意気地なしに発破をかけてやれ」

彼女の言葉にミカサがこちらに顔を向ける
そしてユミルに対して頷いて見せた

「分かった。巨人相手に堂々と戦うが男一人に対して情けない。任せて」
「……あの、一応怪我人だからお手柔らかに……」
「随分と顔色も良くなったじゃねえか。うじうじしてるとイラつんだよ、さっさとくっ付いちまいな!」

そう言い捨てたユミルが部屋を出て行く
相変わらず言葉遣いは辛辣だけれど、こちらの事を考えて言ってくれているのが良く分かった
確かに、ずっとオルオへの気持ちを打ち明けないでいるのは辛いし、両想いだと分かったのだから伝えたいとも思う
本人を前にしたら何も言えなくなってしまうだろうけど――と考えていると側に来たミカサが机にトレイを置いてくれた

「傷は痛む?」
「ううん、痛みはだいぶ引いてきたよ。熱が下がったら歩くようにって言われてるんだよね」
「そう。皆で補助しよう」
「ありがとう、助かるよ」
「頼ってほしい。は私たちを守るために戦ってくれた」
「……団長と兵長には怒られたけどね……」
「当然だ。二度とあんなことはさせない」
「今度は逃げるようにするよ」

言いながら足をベッドから下ろして机の方に体を向けた
包帯が巻かれた右側の腕と足
動かせば痛みはあるが、明日には平熱まで下がるだろうから歩くようにしなければ
はそう思い、スプーンを手に取るとミカサなりの発破の言葉を聞きながら食事を始めた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


「ねえ、ライナー。僕たちだと人選ミスじゃ……」
「ああ……普通に抱き抱えた方が良かったんじゃないかと思っていたところだ」

そんな会話をする二人に挟まれた
肩を借りて歩いて食堂に行こう、と思っていたのに迎えに来たのが同期の中でも背の高いベルトルトとライナーだった
有難い事だが高身長の二人の肩に腕を回して掴まると自分の足は宙に浮いてしまって
その為にぷらぷらと揺れながら運ばれている最中だった
養生中の為に制服ではなく、白いブラウスにグレーのベストと同色のロングスカート
足はいつもはハーフブーツを履くところだが、傷に触れる為にショート丈のダークブラウンの靴を履いていた
地面に届かない足を前後に少し動かしながら左右の二人の顔を見る

「楽しいよ」
「それは良かったよ。でも……」
「リハビリにならないが……もうこのまま行くぞ」

そう言い、周囲の人の奇妙な物を見る視線を受けながら食堂へと連れて行かれる
中にいた人々がこちらを振り返って――そしてユミルの大笑いする声が耳に届いた

「あっはははは!、なんだよそれ!お前、いつから荷物になったんだ?」
「良いのよ、ユミル。腕を鍛えてるの」
「物は言いようだな。ま、そのお二人さんには不向きってことだ。お前らはお役御免だな」
「はは……そうだよね」
「仕方のないことだ。足が地面に着かないと意味がない」

言いながら二人がいつも自分が座っていた席へと下ろしてくれた
歩くつもりが楽をしてしまったと思いながら彼らを見上げる

「ライナー、ベルトルト。ありがとう」
「手を貸すのは当然のことだよ」
「まあ……歩くという目的は達成できなかったがな」
「ゆっくりやっていくよ」

そんな言葉を交わしているとエレンやアルミンたちが食事のトレーを持って歩み寄って来た
それぞれの席に着きながらこちらへと顔を向けられる

「もう大丈夫なのか?」
「うん。痛むけど、動かないと」
「運ばれてきた、って感じだったけどね」
「ふふっ、楽しかったよ」
「久しぶりだよね、がそこに座るの」
「うん、リヴァイ兵長のところに行ってからこっちで食べてなかったね」
は凄いよ。スカウトされたのもそうだけど、あの奇行種を一人で討伐するなんて」
「そんなことないよ。先輩の真似しかしてないから」
「その先輩ってリヴァイ班の人でしょう?」
「うん、色々と教えてもらって」

本当に色々と教えてもらった
これからも教えてもらえるだろうか――と思ったところでユミルが二人分のトレーを持って歩いてきた
その内の一つをこちらの前にガチャリと置くと向かいの席へと腰を下ろす
彼女の隣は当然のようにクリスタで、その隣がアルミン
自分の左隣にはミカサが来て、その隣がエレン
懐かしい光景だと思いながらユミルの顔を見た

「ユミル、ありがとう」
「ふん。貸しにしといてやるよ」
「じゃあ、巨人に襲われたら助けてあげる」
「っ……そいつは私がやるんだ。あんたには助けられたからね!」
「私もを助けるよ!」
「僕も」
「俺も」
「私も」

ユミルに続き、テーブルに居る皆が口々にそう言いだす
は各々の顔を見回すとぽり、と左の人差し指で頬を掻いた

「……あはは……いや、私のことはリヴァイ班が暫く監視……じゃなくて、護衛してくれるって……」
「はっ、無茶なことした新入りから目を離すなってか。特別待遇じゃねえか」
「やり難いよぉ……精鋭の人に囲まれて……兵長も一緒だし……」
「そりゃあ班長も来るだろうよ。がっつり見張られてその自己犠牲の精神を叩き直してもらいな!」
「はぁい……」

自己犠牲と言われても仕方のない事だったか
そう思い、お腹が空いたからと料理に手を伸ばす
自分が作るものよりも固いパン
それを手に取り、右腕が痛むのを感じながら千切ったところでカツ、と間近で靴音が聞こえた
アルミンとクリスタが「あ」という表情を浮かべ、ユミルがにやりと笑う
それを見てパンを口に入れようとして動きを止め、そして自分の右側の通路に立つ人へと目を向けて――
の指から一口分のパンが音もなくスープの上へと落ちた

「っ……オルオさん、どうして 本部 ここ に……!」
「こっちに用があったんだ。……これ、どうするんだよ」

これ、と言いながらスカーフを上げて見せたのは彼の首に下がる一対の指輪
それを見ては視線を凄い勢いで彷徨わせると左下へと固定した

「え、えっと……」
「……お前、本気で俺なんだな?俺の勘違いじゃないんだよな?……兵長じゃないんだな?」
「……な、何で兵長が……?」
「いっつもチラチラ見てただろ」
「オルオさんがいつも兵長の隣にいるから、そう見えただけで……」
「同じスカーフまで着けるようになって」
「オルオさんが着けているから……オルオさんが兵長の真似してるからじゃないですか」
「兵長と話す時に顔赤くしてたじゃねぇか」
「え、いつですか?」
「お前がリヴァイ班に入って二週間くらい経った時だ。厩の前で話をしてただろ」
「……あれは、オルオさんの好みとかを聞いて……呆れられて、微妙に揶揄われて恥ずかしかったんですっ」

っていうか、プレゼントすると喜ぶ物が【雑巾】ってどういうこと
そう思っているとオルオが無言でこちらを見下ろすのを感じた
ミカサの腰を見ていた視線を彼の膝のあたりに向けると口を開く

「リヴァイ兵長のことは信頼しています。敬愛しています。ですが、雑巾を絞った指を口に突っ込んでくるような兵長なんて……あっ」

言ってしまったと慌てて口を両手で覆った
不用意な発言をするなと命じられていたのに、つい勢いで
視線を巡らせるとこちらに注目する同期の顔が見えては両手を振った

「聞かなかったことにして!」
「おいおい……お前、パンツ兵長の指舐めたのかよ」
「ユミル、事故なのよ。不幸な事故。……っていうか、パンツ兵長ってやめてね!?」
、お前……また兵長の躾を受けたいのか?」
「嫌です、すごく痛かった」

呆れたようにオルオにそう言われて彼を見上げる
でもやっぱり顔を見ると恥ずかしくてすぐに背けると左足に力を籠めた

「も、もう……恥ずかしいですっ」

そう言うのと同時に立ち上がり、その場からささっと逃げる
右足が地面に触れるたびに縫合処置を受けた足首に痛みが走った
それでも前へと足を踏み出して――左手を掴まれて動きが止まる

「っーー」
「逃げるな」

言葉と同時に軽く引かれ、ぽすっと背が優しく抱き止められた

「ちゃんと話をさせてくれ。……頼むから」

言葉と同時に腹部に回された腕に力が籠められる
その男らしい力強さには無駄に体中に入っていた力を抜いた

「はい……」
「……ま、先に飯食えよ。お前、痩せたんじゃないか?」

言いながら彼がひょいとこちらの体を抱き上げる
ぎょっとしている間にも元の席へと運ばれてそこに下ろしてくれた
すると隣のエレンとミカサが席を詰め、こちらの前に置かれていたトレーを引っ張られる
続いて自分の左肘も引かれ、スカートの生地のせいかするりと滑って右側に空間が出来た
その空いた場所にオルオが座り、皆が向ける視線をものともせずに腕を組み、こちらへ目を向ける

「……頂きます」
「ああ……ここの飯はお前が作る料理より味は落ちるがな」

その言葉に頬がほわほわと熱くなった
取り敢えず、スープに浮かぶパンを処理しようとスプーンを手に水分をたっぷりと吸い上げたそれを掬い上げる
固いパンに、一味足りないスープはあまり美味しくはないが懐かしい味がした
食べ進めている間、オルオは目を閉じていたが同期生がちらちらと彼を見ている
視線を感じて落ち着かないのでは――と思っているとアルミンがこそっと声を掛けてきた

、躾って……?痛かったって、大丈夫なの?」
「あー……ジャンが見てたよ。額を指で弾かれて――それだけなのに凄く痛かったの」
「こうやってやるやつ?」

言いながらアルミンが人差し指を丸め、親指で押さえてからぴっと伸ばす

「そう……涙が出るくらい痛かった」
「はっ、人類最強のデコピンだ。そりゃあ痛いだろうさ。オルオさんもさんざんやられてんじゃないですか?」
「っ……ガキが、俺のことは放っておけ」
「おい、。この先輩は相当やられてるぞ。お前、あとで上手く聞き出してみろよ」
「あはは……兵長は優しいからそんなに頻繁には……」
「そうだぞ。ガキども、怖い人だと思てるだろうが兵長は部下思いの人なんだからな」

その言葉に皆が一様に驚いた表情を浮かべた
まあ、目つきが悪いし、言動もアレだし一緒に行動していなければ分からないのも無理はない
はそう思いながら千切り取ったパンを口へと入れた