オルオ・ボザド1 12
食事を終え、オルオに付き添われて病室へと戻る
ベッドに腰を下ろすとその隣にオルオが座り、自然な動きで右手を握られた
ドキンと鼓動が高鳴り、視線をそちらへ向けると彼の指がこちらの親指の辺りを摩る
軽く持ち上げられて指先を見られ、ほっと息をはくのが分かった

「……荒れてないな」
「荒れて……?」
「お前が旧本部で朝方に倒れたとき。手が荒れてただろ、血が滲むくらい」
「はい……」
「無理させてたよな。新入りだからって全部お前にやらせてた」
「いいえ。あの時は皆さんも忙しくて……大変でしたけど、楽しかったですよ」
「……そうか」

そう呟くと彼の手がこちらの手を握りこむ
懲罰室の掃除中に閉じ込められた時、同じようにして手を握っていたがあの時のように周囲は暗くなかった
それどころか明るくて、南に面した窓からは暖かな日差しが入り室内を照らしている
オルオの男性らしい手に握られた己のそれが目に入ると恥ずかしくて仕方がなかった
どうしようと思っていると彼がこちらに少し体を向けるようにして座り直す
ベッドが揺れるのを感じながら顔を向けるとオルオがじっとこちらを見下ろした


「はい……?」
「お前が好きだ。あの日、町で目が合ったときからな」
「っ……はい、私も……あの日、オルオさんと目が合ったときから好きです。……大好きです」

そう言うと彼がふっと目を細めて微笑み、右手でこちらの頬に触れる
ゆっくりと顔が近付けられて、動けずにいると手が触れるのとは反対の頬に唇で触れられた

「!……」
「唇へはまだ早いぜ……今日はこれで我慢しておけ」
「っ、お、オルオさん、その声は、本当に……」

卑怯だ、と思っているともう一度唇が触れた
額にも、鼻筋にも続けて口付けられて顔が熱くなる
間近に感じる息遣いにくらくらして、感じる体温もじわりと上がって――
ふと閉じていた目を開けると、オルオの赤い顔が見えた

「「……」」

格好がつかないが、そんなところが可愛らしい
そう思いながら無言で見つめ合い、彼が顔を離すのと同時に頬に触れていた手を引いた

「はあぁぁ……駄目だ、これ以上は……耐えろっ……」
「……」

膝の上で拳を握り、なにやら苦悩している様子を見ながら頬の熱を取るように両手で覆う
ああ、熱い――と思ったところで隙間の開いている扉に目が留まった
無駄に良い視力が、そこで動く影を捕らえる

「オルオさん、廊下に――」

言葉の途中で彼がダッと音を立てて床を蹴り、扉へと近付いてそれを開け放った

「何やってんだお前らあぁぁー!」
「す、すまん!俺は止めたんだ!」
「怪我の具合はどうかと……班員を心配するのは当然だろう!」
「お見舞いに来たのよ!ちゃんとほら、果物も持ってきて……でも、私の予想よりも一目惚れの瞬間が早かったわね。町中で目が合ってたなんて――」

オルオの怒鳴り声の後に聞こえたのは焦っている班員の声
謝ったり、開き直ったり、長々と話し始めたり
扉がいつから開けられていたのかは分からないが、見られていたのだろう

――ペトラの言葉からすると絶対にキスされているところは見られている筈――

まさか、覗き見をされてしまうなんて
先ほどの状況を考えると恥ずかしく仕方がない
は熱くなった頬をさすると細く息を漏らした


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


それから更に数日が過ぎて
縫合した傷口が塞がり、抜糸を済ませたはエルヴィン団長に呼ばれていた
呼びに来てくれたオルオと共に私服のままで団長の部屋へと向かう
ノックを三回すると少し間をおいてから入ってくれと声が帰って来た
いつもはすぐに応答があるのに
お仕事中かなと思いながら扉を引き開けて目の前に立つ人にびくりと肩が跳ねた

「兵ちょ――!」

兵長、と言おうとしたが頬を摘ままれて痛さに言葉が途切れる
指を離さないまま奥へと向かうリヴァイに慌てて足を前へと踏み出した
エルヴィンの返答が遅れたのは兵長が扉の前で待ち構えていたからだろう
気をつけろと言ってくれたら良かったのに
そう思いながらも頬の痛みには声を上げた

「いひゃいれす、へいひょう」
「こっちに来い」

そう言い、エルヴィンの机の前まで来ると彼が漸く足を止めて自分と向かい合うように立つ
頬を摘ままれたまま、目だけを向けて視線の高さが近いリヴァイを見上げた
すると彼がこの上なく不機嫌な表情で口を開く

。俺の命令を忘れたらしいな。命令を遵守するてめぇが……最近弛んでるぞ」
「めいりぇい……?」
「二度と不用意な発言はするなと命じた。躾を受ける理由を思い出したか」
「?……」
「今度は雑巾兵長だ。てめぇが何か言ったんだろう」

彼の言葉にゆっくりと視線を逸らしてあらぬ方向を見る
それで察したらしく、指を離すと親指で人差し指と中指が押さえるようにして丸められた
げ、と思った次の瞬間には増えた指の分だけ威力の増した痛みが走り、同時にぱあっと目の前に星が散る

「いぃっ――!」

あまりの痛みによろめき、尻もちをつきそうになるが後ろに来ていたオルオが支えてくれた
額に手を触れ、涙で滲む視界を瞬くと彼に礼を言い、目尻を拭って体勢を整える

「兵長の指が、事故により口に入った時のことを話してしまいました」
「クソメガネが来た時か。それでどうして雑巾になる」
「あの時の兵長は雑巾を持っていて。舌に触れた指は雑巾の味がしました」

ぴくりとリヴァイの目元が動くが、彼にも覚えがあったのだろう
何も言わずにエルヴィンの方へと顎で促されては団長へと体を向けた

「エルヴィン団長。、出頭しました」
「……、……ああ。すまないな、君に聞きたいことがある」

相変わらずクールな団長は兵長の躾を見なかった事にしてくれた
なにか言いたそうに口が動きかけたけれど
なにを聞きたいのかなと思っていると彼が言葉を続けた

。君は調査兵団を続けたいか?」
「っ……」
「卒業したばかりの新兵が初陣で奇行種を三体討伐するなど壁外調査始まって以来のことだ。君は優秀な兵士である。だが、今回のことで恐怖があるのならば……もう、戦いたくないのであれば引き留めない」
「……確かに、怖かったです……逃げたいとも思いました」

エルヴィン、リヴァイ、オルオの視線を受けながらそう言葉を返す
初陣で仲間と逸れ、単騎で砂塵の舞う平原を駆け、黒い信煙弾が上がる度に死が迫ってくるのを感じた
奇行種の足の間を走り抜け、緑の信煙弾の合図で必死に手綱を操り、ようやく見つけたのは同期の姿
戦う術のない彼らを守る為に、一人で三体の奇行種を相手にして
腕を噛まれ、足を噛まれ、肉は深く引き裂かれた
刃は折れ、ガスを切らし、それでも討伐する事が出来た
思い出すと今でも震えそうになるがぐっと拳を握る
私服では格好がつかないけれど――
足を肩幅に開き、背筋を伸ばして、左手を背中側へ回して
右手を心臓の位置に当てると真っ直ぐにエルヴィンを見る

「ですが……私の心臓は人類の為に捧げます」
「……感謝する。新しい立体機動装置だ。君の体に合わせて調整しておくように」
「はい」

エルヴィンの机に置かれていた立体機動装置
は両手でそれを抱き抱えると後ろへと下がった
するとリヴァイがこちらへと顔を向ける

、まずは鈍った体を慣らせ。オルオ、付き合ってやれ」
「「了解しました」」

そう言うと退室を許可されてオルオと二人で部屋を出た
まずは立体機動装置を自分の動きに合わせて色々と調整しなければ
面倒なんだよねと思っていると顔の両側からぬっと腕が突き出され、そのまま左右の肩を抱かれる
後ろへと引き寄せられて肩口に温もりが触れた

「っ……オルオさん……?」
「……な」
「え……?」
「死ぬなよ、
「……」
「お前が死んだと思って……怖かった。もう戦えねえと思った」

間近に聞こえる彼の声
こちらの肩を掴む手が震えているのが分かり、顔を傾けて彼の様子を見ようとした
でも角度的に見る事が出来ず、オルオの柔らかい髪に自分の頬を寄せる

「今まで、ダチや顔見知りが死ぬのを何度も見て来たのに……お前だけは駄目だった」
「……」
「目の前で食われた奴も、見捨てた奴も……後悔はしたが、戦い続けられたんだ」
「はい……」
「でも、お前は駄目だ。絶対に死ぬな。俺が守る」
「……私もオルオさんを守ります」
「…………ふっ、生意気なこと言うじゃねぇか」
「で、ですからっ、その声、やめて……!」

耳から入った声が鼓膜を振るわせて背筋がゾクッとして――
膝から力が抜けてしまうと思っているとオルオが小さく笑って顔を上げた

「お互いに死ねねぇな」
「……はい」
「あ、お前の親の形見……どうする」
「持っていてください」
「良いのか?大事なもんだろ」
「はい。……父が戦死した時にエルヴィン団長が持ってきてくれたんです」
「団長が?」
「はい。私が希望する兵科は調査兵団だって言った時、変わらないなって言ってたじゃないですか」
「……ああ、言ってたな」
「五年前に、聞いたんです。私も兵士になれますかって」
「……」
「なれるって言われて、調査兵団に入りますって……団長も、覚えていてくれたんですね」
「そうだな」

言いながらオルオが手の力を抜いてこちらの体の前で交差させていた腕を解く
それから抱えている立体機動装置を取り上げるとさっさと歩き出してしまった

「あっ」
「技巧室に行くぞ。これの調整してリハビリだ」
「はい」
「これメンドくせーからなぁ……手伝ってやるよ」
「!……ありがとうございますっ」

色々と弄らなければならない部分があるから手伝いがあると大変助かる
休んだ分だけ体は鈍ってしまったからしっかりと元に戻さなければ
はそう思いながらオルオの後を追うように歩き出した