No.30


さよならの練習を09

オフェンス
 講義室の一室でノートンは目を覚ました。あたりを見渡すと誰もいない。大講義室は特に鍵をかけられることは無いためにそのまま放っておかれたらしい。外に出ると美しい橙色の空が目を刺した。眩しくて顔の前に手を持っていく。今日はバイトも何もない。ノートンはスーパーでも寄ってから帰ろうかと廊下を歩く。透明のガラスの内側に、見知った影があった。珍しい、と思いながらノートンは開きっぱなしの教室に顔を覗かせる。上体を起こしているために寝ているわけではなさそうだ。

「ウィル?」

 声をかけられたウィリアムの肩が大袈裟に跳ねた。はっと振り返った顔が赤いのは、太陽だけのせいではないだろう。どうしたの、と尋ねるとあからさまに挙動不審な動きをする。ノートンは首を傾げさせた。
 思い当たることが何一つない。たまたま鞄の中にいれていた、すっかり室温と同じ温度になった缶コーヒーを渡す。ウィリアムはさんきゅ、と言いながら受け取り、プルタブを開けようとする。が、なかなかうまくいかない。かつん、かつんと爪はかたい音を立てさせている。
 何をそんなに、とノートンは冷めた目で見る。缶コーヒーを攫い、開けてから渡してやる。ウィリアムは両手で缶を持ち、じっと缶を見つめている。

「何があったか聞いても?」

 誰かと喧嘩した、誰かに告白されたなど、そう言った単純なものではなさそうだ。ウィリアムは唇を何かもごもごと動かしている。開けたり閉じたりすることを繰り返して何か模索をしているようだ。ノートンは携帯を触りながら気長に待つ。

「告白、されて……」

 ぽつ、とウィリアムの弱い声がノートンの鼓膜を震わせた。ノートンは目線をウィリアムにやる。ウィリアムはがばっと顔を上げて、顔を横に振る。

「や! 俺じゃなくて俺の友達なんだけど……ダチに告白されたらしくて」

 ぽつぽつと事の顛末を話すウィリアムにノートンは軽い相槌を打っていく。どうやらウィリアム自身が友達だと思っていた人に告白されたらしい。ふぅんとノートンは呟く。大したことじゃなくて良かったと少しだけ思った。そもそもそう言ったケースは過去に何度かあったような気がする。気持ちは嬉しいけれどと丁重に断っていたたような記憶がある。

「ウィルはその子とどうしたいの?」
「だから俺じゃなくて、」
「誰でも良いよ。どうしたいか真剣に考えて」

 ぴしゃりと言えばウィリアムは言葉を詰まらせる。困ったように眉を顰めさせている。うう、と情けない声が薄く開いた口から落ちた。両手でがしがしと髪を掻きむしっている。

「嫌、とかじゃねぇけど……」

 でも、だって、と何か悩んでいるらしい。珍しいと素直に思った。こんなに悩む人間だったのかと初めて知る。

「早く返事してあげたら? イエスでもノーでも放っておかれる方はつらいから」

 少しして、経験談か、とウィリアムは僅かに目を丸くしてノートンを見る。ノートンは元気そうだねと笑い返す。元気じゃねぇよと返された。

「返事は早めにしてあげてね」
「おう、今日バイトだからそれ終わったらするつもり」

 ありがとな、とウィリアムは歯を見せて笑った。じゃあまた今度、と手を振って走り出す。ノートンはウィリアムの背中を見送る。
 けれど、結局ウィリアムは返事をすることは出来なかったのだ。

2020/08/09
2022/06/07
 講義室の一室でノートンは目を覚ました。あたりを見渡すと誰もいない。大講義室は特に鍵をかけられることは無いためにそのまま放っておかれたらしい。外に出ると美しい橙色の空が目を刺した。眩しくて顔の前に手を持っていく。今日はバイトも何もない。ノートンはスーパーでも寄ってから帰ろうかと廊下を歩く。透明のガラスの内側に、見知った影があった。珍しい、と思いながらノートンは開きっぱなしの教室に顔を覗かせる。上体を起こしているために寝ているわけではなさそうだ。

「ウィル?」

 声をかけられたウィリアムの肩が大袈裟に跳ねた。はっと振り返った顔が赤いのは、太陽だけのせいではないだろう。どうしたの、と尋ねるとあからさまに挙動不審な動きをする。ノートンは首を傾げさせた。
 思い当たることが何一つない。たまたま鞄の中にいれていた、すっかり室温と同じ温度になった缶コーヒーを渡す。ウィリアムはさんきゅ、と言いながら受け取り、プルタブを開けようとする。が、なかなかうまくいかない。かつん、かつんと爪はかたい音を立てさせている。
 何をそんなに、とノートンは冷めた目で見る。缶コーヒーを攫い、開けてから渡してやる。ウィリアムは両手で缶を持ち、じっと缶を見つめている。

「何があったか聞いても?」

 誰かと喧嘩した、誰かに告白されたなど、そう言った単純なものではなさそうだ。ウィリアムは唇を何かもごもごと動かしている。開けたり閉じたりすることを繰り返して何か模索をしているようだ。ノートンは携帯を触りながら気長に待つ。

「告白、されて……」

 ぽつ、とウィリアムの弱い声がノートンの鼓膜を震わせた。ノートンは目線をウィリアムにやる。ウィリアムはがばっと顔を上げて、顔を横に振る。

「や! 俺じゃなくて俺の友達なんだけど……ダチに告白されたらしくて」

 ぽつぽつと事の顛末を話すウィリアムにノートンは軽い相槌を打っていく。どうやらウィリアム自身が友達だと思っていた人に告白されたらしい。ふぅんとノートンは呟く。大したことじゃなくて良かったと少しだけ思った。そもそもそう言ったケースは過去に何度かあったような気がする。気持ちは嬉しいけれどと丁重に断っていたたような記憶がある。

「ウィルはその子とどうしたいの?」
「だから俺じゃなくて、」
「誰でも良いよ。どうしたいか真剣に考えて」

 ぴしゃりと言えばウィリアムは言葉を詰まらせる。困ったように眉を顰めさせている。うう、と情けない声が薄く開いた口から落ちた。両手でがしがしと髪を掻きむしっている。

「嫌、とかじゃねぇけど……」

 でも、だって、と何か悩んでいるらしい。珍しいと素直に思った。こんなに悩む人間だったのかと初めて知る。

「早く返事してあげたら? イエスでもノーでも放っておかれる方はつらいから」

 少しして、経験談か、とウィリアムは僅かに目を丸くしてノートンを見る。ノートンは元気そうだねと笑い返す。元気じゃねぇよと返された。

「返事は早めにしてあげてね」
「おう、今日バイトだからそれ終わったらするつもり」

 ありがとな、とウィリアムは歯を見せて笑った。じゃあまた今度、と手を振って走り出す。ノートンはウィリアムの背中を見送る。
 けれど、結局ウィリアムは返事をすることは出来なかったのだ。

2020/08/09
2022/06/07
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