蜜雨

其之二十二

「そうじゃ、わしじゃよ」

 悟空が勝利した白い狐のお面の正体は孫悟飯であった。
 悟空が涙を流しながら悟飯と感動の抱擁を果たしている横で、同じく黒い狐のお面を取ったの師匠である沙門はに正座をさせ、先程の戦いの反省会を開いていた。この差よ。こちらもこちらでは涙を浮かべている。もちろん悟空とは違う意味で。

「そもそも最初の突きで面を取ってやろうという魂胆が見え見えだ。それと相手の実力もわからぬうちに、背後をとって手刀を落とす癖は何度も注意したはずだが? 挙げ句の果てにまだリップスを克服しとらんとは……」
「はいっ申し訳ありません……! 返す言葉も御座いません……!!」

 悟空が悟飯に甘える姿も、が土下座する勢いで謝っている姿も、どちらもブルマたちにとっては新鮮であった。しかしまさかこんなにもの師匠が厳しい人だとは思わなかった。そりゃも礼儀作法にうるさくもなるだろう。

「……もうおまえを守れるのはおまえ自身だけなのだ。あまり無様な姿を見せて私を心配させるでない」
「師匠……」
……強くなったな。あそこまで完璧に気のコントロールが出来ると思わなんだ」

 今までの厳しさから一変して穏やかな表情を浮かべる沙門を、はどこかなつかしげに目を細める。
 厳しくてめちゃくちゃに強くて、容赦なくボコボコにしてくるけれど、優しくて清らかでそれでいて誇り高く思慮深い師匠を尊敬していて――大好きで憧れだった。

「私が死んで、腑抜けたおまえに活を入れにいった時はどうなるかと思っていたが……よい仲間に巡り合ったな」
「え゛?! あれは夢じゃなかったのですか?!!」
「夢枕に立ったんだ。あまりにもおまえが情けないから」
「あはは……さすが師匠……やっぱりかなわないや」

 は笑うしかなかった。なにもかもこの師匠にかかったらお見通しなのだ。



 それから沙門は亀仙人に挨拶しに行き、その背中を眺めているとの肩を誰かが軽く叩いた。

「……っ悟飯さん!」
、じゃったかの」
「ごっご挨拶が遅れてしまい、申し訳あり「かたっ苦しい挨拶は抜きじゃ。、あの頃よりも大きく……そして美しく育ったのう」

 にっこりと人好きのする笑顔は、師匠とはまったく毛色の違うものだが安心感があった。

「あの頃……? 俺はどこかで悟飯さんに会ったことがあるのですか?」
「悟空を拾って間もない時にのう……お互い慣れない子育てで、あの頃は苦労したもんじゃ」
「じゃあ悟空とも前に会っていたんだ……」
「ふたりともまだ幼子じゃったから覚えてないのも無理はない。気にするな」

 新たな事実に驚きを隠せない。
 悟空とは幼い頃に会ったことがあり、師匠どうしで子育て談義を重ねていたとは知らなかった。

「あの子は男女の見分けもつかんようなやつじゃ……だからこそ男女関係なく自身に惹かれておる。これからもそんなあの子に色々と苦労するかもしれんが、よろしく頼みます」

 悟飯が頭を下げると、はそれよりも更に深く頭を下げた。
 弟子思いのなんて実直で清々しい心根の持ち主なのだろう――こんなかたちではあったが、本来故人である孫悟飯に自分が生きている間に出会えて本当によかった。さすが自分の師匠と切磋琢磨し、お互いを高め合った人物だ。悟空があんなに純真で真っ直ぐな強さを持っているのも、きっとこの師匠の背中を見て育ったからだろう。



あの時に交わした約束、ちゃんと覚えておるな?」
「……なんのことだ?」
「ふぉっふぉっふぉっ! しらばっくれても無駄じゃ。忘れていたら、あないに悟空に冷たく当たる必要ないではないか」
「あれはおまえの躾がなってないから……それよりも、ちゃっかりに悟空のアピールをしていたの聞こえていたぞ」
「あー孫の顔を見るのが楽しみじゃのう」
「っ話を聞け! このスケベじじい!」
「おぬしの方こそあんなかわいこちゃんを独占しおって! ムッツリじじい!」

 じじどもはふたりの行く末を見守りながら、あの世で楽しく暮らしているのだった。






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