其之三十二
「カリン様ーっ! カリン様カリン様カリン様ーーーっっ!!」
はカリン塔に着くなりカリンに抱きつき、何度も名前を呼びながら肉球をふにふに、顎をかいかい、頭と尻尾の付け根をなでなでした。このやり取り前にもしたような――
「同じ文言を使い回すな」
「ぃだあっ?!」
そしてこの間のように、いつも手に持っている杖での頭を叩いて落ち着かせるのだった。
「カリン様……さっきからこんな感じなんだ。許してやってくれ」
「えっ俺今悟空に頭かわいそうな奴だと思われてる?!」
「おめえ昔から頭良いくせに、アホなとこあるよな……」
「ヤジロベーまで!?」
カリンに謝る悟空も、呆れ顔のヤジロベーも、を憐むような目で見ていた。
「あのピッコロ大魔王を倒したというのに、締まらない奴らじゃのう……して、どうしたのじゃ。おまえともあろう者が取り乱しおって」
「カリン様は神龍がピッコロ大魔王に殺されたことご存知ですか?」
「ま……まさか、それはほんとか? そ……そうか……たしかにあやつなら神龍を殺せるかもしれん……」
「神龍が死んでドラゴンボールは二度と使えなくなりました。でもカリン様は俺に話してくれましたよね、ドラゴンボールは神様がつくってくださったと。そして、悟空が持っている如意棒が神様のところまで連れて行ってくれると……!」
「そうか……神様のところへ行って神龍を復活させていただくよう頼むんじゃな」
「おまえ、アホだけどアホじゃなかったんだな……」
「ここから突き落とすぞ?」
ヤジロベーの褒めているようで褒めていない言葉は置いておいて。
「そ……そのカミサマってやつにたのめばいいんだな」
長文になると理解力が追いつかない悟空でもそれだけはわかったらしい。
「神にあうことができるのは、このわしが認めた者だけじゃ。強く、たくましく、そしてなにより心の清き者……悟空、おぬしはまさにその資格にピッタリじゃ」
やはりの予想通り、悟空ならば絶対にカリンに認められて神に会えると思った。これでみんな生きかえれるはずだ。
「、おまえもゆけ」
「………………えっ俺もですか!?」
「当たり前じゃろう。悟空とはまさに一蓮托生の仲。それに、悟空だけでは神様にどんな粗相するかわからんからな」
完全に悟空を見送るつもりでいたはカリンの言葉に気が動転していた。しかもカリンのあの顔は絶対になにかを企んで楽しんでいる顔だ。悟空よりも多くカリンと共に過ごしただからこそわかる表情の変化であった。
「……なあヤジロベー、いちれんたくしょうってなんだ?」
「しるかよ」
またも好いている女とこんなチビでも男の悟空が一緒に行動することが決まってしまい、面白くないヤジロベーはつい悟空に冷たく当たる。そんな人の感情の機微を察せない悟空は相変わらず首を傾げていたが、なんにせよと一緒ならばどうにかなるだろうとカリンに詰め寄るの背中をうれしそうに見つめていた。
当分このネタで楽しめそうだとカリンだけがほくそ笑むのだった。
如意棒を使って神の住む神殿までやってきたと悟空の目の前には、不思議な人(?)が立ち塞がっていた。
「お……おす」
「悟空、おすじゃないだろ。すみません、こんにちは」
「おす。こんにちは」
あっこの人律儀に両方返してくれた。絶対にいい人じゃん。
は目の前のまるっとした真っ黒けの人を見つめてそんなことをのんきに思っていた。
ミスター・ポポと名乗ったこの人物は神の付き人らしいが、たちがピッコロ大魔王を倒したのを知っているところをみると本物のようだ。ポポはと悟空にカリンからもらった鈴を見せるように言うと、ふたりは揃って鈴を見せた。揺れに合わせてチリンと鈴が鳴る。
「うん、たしかにおまえたち、みとめられた者だ。テストうける資格ある」
「え? テスト?」
ポポは鈴を見ると頷いた。
テストとはどういうことだと悟空とは顔を見合わせる。
どうやらポポと試合をして勝てたら神に会えるらしい。なんだそんなことかと前に出た悟空の表情は自信に満ち溢れていたが、は不安でしかなかった。あのミスター・ポポとかいう神の付き人はただ者ではない。の直感がそう伝えていた。多分、今の悟空では――
「こ……こんなはずはねえ……ん……んにゃろ~……!!」
やはり、ポポには遠く及ばなかった。
はあんな慢心した戦い方をしている悟空にだんだんイライラを募らせていく。ついには我慢できず、ポポに向かって突っ込んでいった悟空の前に飛び出して頬を思いっきり引っ叩いた。まさかが自分の前に出てきて尚且つ引っ叩いてくると思わなかった悟空は不意を突かれて思ったよりもぶっ飛び、神殿の木をなぎ倒して地面にめり込んだ。悟空もそしてポポも驚いたが、なによりもやらかした本人が一番驚いていた。えっ力入れ過ぎたっていうかもういろんな意味で女捨ててるよねこの力!
「ごっごごごごめん悟空っっ!! 決して痛めつけようとかそんなんじゃ……ただ調子乗った悟空の目を覚ましたくて!」
「ピッコロ大魔王のよりもきいたぞ……」
わたわたと言い訳をしながら横たわっている悟空を抱き起こし、悟空の頬を撫でると赤く腫れ上がった頬はすっかり治った。
「今のは少し……というか、かなりやり過ぎだったが……でも、悟空の戦い方が変わってしまったのが悲しかったんだ。いつも素直でまっすぐな強さを持っている悟空を心から尊敬していたのに……今の悟空の戦い方、俺は嫌いだ」
「っ……!!?」
こんなにもはっきりとに拒絶されのは初めてだった。一緒にお風呂入りたいだとか、一緒に寝たいというときの拒絶ではない――本当の拒絶だ。の失望した眼差しが悟空に鋭く突き刺さる。
「ポポさんすみません……あの、木を倒しちゃって……床も凹ませてしまいましたし……」
「気にするな」
立ち竦む悟空を放って、はポポに深々と頭を下げて謝罪をしていた。すると悟空がとポポに近づいて口を開く。
「めんぼくねえ……オラ、ピッコロを倒して強くなったつもりでいたんだ……と天津飯――みんなのおかげで勝てたのに……」
「悟空……」
「オラ、ここで特訓してもう一回挑戦する! いいよな?!」
悟空は威勢よくポポに確認する。
「スキにしろ」
「それでこそ悟空! 俺も付き合う!」
「いいのか? おまえ、そいつより見込みありそう」
「いいんです! 悟空と一緒に合格して神様に会いたいんで!」
笑顔で走り込みに行ったヘンテコなふたりをおもしろい奴らとポポは笑うのだった。
しばらくと悟空が神殿周りを走っていると、早くも息が切れてきた。酸欠寸前の悟空ほどではないが、も息絶え絶えだ。
「ここはものすごく高い空にある。空気がうすい。おまえたち人間にはきつい」
人間、か。今まで考えないようにしていたはポポの一言に引っかかりを覚えた。何度死んでも生き返るのは果たして人間なのだろうか――それとも化け物だろうか。悟空は深く考えない性分だから桃白白の一件は奇跡かなにかかと思っているのかもしれないが、聡い天津飯はきっとが生きていることにさぞ疑問を抱いていることだろう。
「……、っ! 心を無にしてんか?」
「ちがう」
「い゛っ!!?」
ぐるぐるとが思考を巡らせている間、心を無にすることに苦心していた悟空に呼ばれていたらしい。当然心を無になんかしていないは、先程の悟空のようにポポの不意打ちをモロに喰らってしまった。
「これが雷よりもすばやく動くことだ」
「すげえ!! オラの目にも見えなかった!!」
「おまえ、心ここにあらず。それではいくらあいつより実力が上でもだめだ」
「う゛……すみません」
そうだ、今はなんとしても神様に会って神龍を復活させてもらわなければならないのだ。余計なことを考える暇などない。
「カミサマってポポよりもっとすげえか?」
「あたりまえ。神様、もっともっとすごい」
ポポの言葉に感嘆の声を出す悟空はひどく嬉しそうだ。やっと悟空らしさが出てきたみたいで、も嬉しそうな悟空を見てついつい頬が緩む。やはり悟空はこうでなければ。
「、さっきはありがとな……おかげで目ぇ覚めた。オラ、もっともっと強くなる!」
「ああ! 俺も負けない!」
「けどよ、嫌いってのはあんまし言わねえでほしい……なんかに嫌いって言われっとこのあたりが苦しくなんだ」
少し困ったように笑う悟空は心臓のあたりをぐっと握りしめる。
「ごめん……悟空のことが嫌いとかじゃなくて、戦い方が気に食わなくて俺が勝手にキレたというかなんというか……っ大丈夫だ! 悟空のこと好きだから!!」
「オラもが好きだ!!」
これを互いに素で口にしているのだから天然はおそろしい。
後にこの好きという感情を巡ってたちが散々懊悩することになるとは、この時は誰も思っていなかった。
「……おまえたちもういいか……」
すっかりふたりの世界に入り込んで忘れかけていたが、ずっとこの場にいたポポは突然の未成年の主張ばりの会話をばっちり聞いていたのだ。本当によく耐えていたと思う。
「こんな調子じゃ、なん年かかっても勝てないかもわからないぞ。本当にやるのか」
ポポの言葉にふたりは顔を合わせてニカっと笑った。ふたりともいつもの調子に戻ったようだ。
「やります! 絶対に悟空と合格してみんなを助けます!!」「やるさーっ!! と約束したんだ! 強くなってみんなを助けてえ!!」
と悟空は再びその瞳に同じ志を宿してポポの問いかけに答えた。そしてその答えが神の心を動かしたのだった。
と悟空は神との謁見を許され、そこでピッコロ大魔王が如何にして誕生したのかと、そのピッコロ大魔王が死に際に遺した分身が三年後の天下一武道会に出場することを聞いた。もしここでふたりがピッコロを倒すために修行をするのなら、神龍を復活させてくれると神は約束した。もちろんも悟空も願ったりかなったりだと了承し、そうして蘇った神龍によってピッコロ大魔王に殺された者たちは生きかえり、は亀仙人やクリリンたちの気を感じて安堵するのだった。