は遠い目をしていた。なぜ男装をしている自分が女装をしているのだろうか――いや、の場合は本来の姿に戻っただけなのだが。
其之四
事の発端は、五つ目のドラゴンボールがある村を襲うウーロンという妖怪が村の娘を誘拐するところから始まる。
村のおばあさんが持っているドラゴンボールをもらうかわりに村を救うと断言したブルマの作戦はこうだ。
悟空を女装させて囮になってもらい、ウーロンの棲家までついて行く。そこでウーロンを倒して女の子を救い出す。はもしものときの戦闘要員としてブルマと一緒に悟空を見守るという役――そこまでは良かったのだ。
「女のカッコすんなら、オラよりがいいだろ」
「はわたしを守るっていう大役があんのよ! それに、よりもあんたの方が体格的に合ってるでしょ!」
「あ、はは……」
「でもよー、の方がぜってえオラなんかよりヒラヒラした服似合うんじゃねえか?」
「うーん……そうねえ、孫くんの言うことも一理あるわね……これだけ顔が整っていたら……」
もういい。悟空よ、これ以上なにも言うな。
何事もまあいいかと楽天的に考える悟空が今回珍しく食い下がってきた。ブルマもブルマでそんな悟空に押され気味だ。
は、いつ自分が悟空と交代させられるか冷や汗をダラダラとかいていた。いやいやいや村の女の子に成りすますには、どう考えても体格的に自分では不適当だろう。
本来の目的を失いつつあるブルマと悟空に反論しようと口を開こうとすれば、それを許さないようブルマがやけに迫力のある声色でを呼んだ。
「」
「はっはい!」
「女装に、興味ない?」
にんまりと笑うブルマの瞳の奥に、やる気の炎がしっかりと漲っているのをは見逃さなかった。
ウーロンが現れる時間まであと数分といったところでが出来上がった。ブルマは目の前の自身の最高傑作に堪らず興奮気味に声を上げる。
「っきゃー!! さすがわたしの! 素敵よ! 可愛いっ可愛すぎるわ!!」
清楚めを意識して、綺麗に切り揃えられた黒髪ロングストレートのウィッグを被り、元々整ったパーツを引き立たせるように薄めのメイクを施す。なるべく体の線が出ないようにゆったりめのワンピースを着せれば、完璧な美少女の完成だ。
「やっぱオラよりのが似合ってんな!」
「そうでしょそうでしょ! もっと言っていいわよ孫くん! なんたってこのブルマさまがプロデュースしたんだからね!」
「ああ! キレイだキレイだ!」
悟空もブルマも口々にをキレイだの可愛いだの褒め称えた。村人たちもみなの美しい姿に見惚れている。
渦中の人物であるはといえば、今すぐ消えてしまいたいくらいの羞恥に耐えていた。むずむずと居心地が悪いこの空間から早く連れ出してくれとウーロンの襲来を望んでしまうのも無理ないだろう。
の願いが届いたのか、外で見張っていた村人がウーロンが来たことを知らせてくれた。は慌ててウーロンに背中を向けるようにして広場の真ん中で待ち構える。
「ん? おまえ、昨日のお嬢ちゃんじゃないな?」
「私じゃ、あなたのお嫁さんになれませんか……?」
くるりとスカートを翻しながら振り向いた女の子にウーロンは思わずどきりと胸を弾ませた。儚げでか細い声(精一杯の演技)、少し伏せ気味な潤んだ瞳と赤みを帯びた頬(先刻の羞恥の名残)、するりと肩から滑り落ちるさらさらの髪(ウィッグ)、守りたくなるような華奢な体(ワンピース効果)――まさしくウーロンが探し求めていた大人しそうな女子であった。
「とっても可愛いキミはまさしくボクちゃんのおヨメにふさわしい!! 本当に可愛い! 今すぐにでも食べちゃいたいくらい可愛い!!」
げへへと品のないお下劣な笑い方をするウーロンに、民家のドアの隙間から覗いていたブルマは苦虫を噛み潰したような顔をする。わたしのを汚すなと静かに怒るブルマに、ヨメってなんだという悟空の声は届かない。
ウーロンがの細い肩に手を置こうとすると、俯いてなにやらぶつぶつと呟いていたが声量を上げてきた。
「……ぃうな」
「えっ?」
「可愛いって言うなあああ!! 俺は男だああああ!!!」
悟空やブルマ、そしてウーロンにまでキレイだ可愛いだのと連呼され、羞恥心と自尊心とがないまぜになり、ついには怒りを爆発させてしまった。はワンピースの下に隠していた刀を抜き、ウーロンを斬りつける。かろうじて残っていた理性のおかげで、ウーロンが手にしていた花束が斬られるだけで済んだが、もちろんは早々に次の攻撃へと移っていた。以前の悟空と同じように、ウーロンの記憶を消し去ろうと頭にかかと落としを決めたのだ。小綺麗な格好をした大きな豚に変身していたウーロンは意識を失い、ボンと煙が湧いたと思ったら、今度は小柄な豚に変身していた。これこそが妖怪ウーロンの正体だったのだ。
村人たちは一斉にウーロンに飛び掛かり、縄で縛りつける。これで無事村が平和になりそうだ。は安堵するとともに、民家から出てきたブルマにウィッグを外しながら向き直る。
「もう二度と女装なんてごめんだからな」
「いやん! 怒るも可愛い! 女装、癖になっちゃわない?」
「ならない! 悟空も笑ってないでブルマを止めてくれよ!」
「でもオラ、ほんとにはキレイだと思ったぞ!」
にぱっと純粋に思いを伝えて悪気なく笑う悟空にこれ以上なにも言えなかった。
それからたびたびブルマに女装を勧められるようになるのはまた別の話。