蜜雨

其之五十六

 いつものならば早朝であっても、スッと起きて悟空の修行に付き合っているのだが、最近はなかなか起きれないでいた。なにをしていても妙に体がだるく、熱っぽい。さすがの悟空も心配してに病院を勧めるが、体に痛みがあるわけでもないし、仕事が立て込んでいて病院に行く暇もないと突っ撥ねていた。それに、自分の体調くらい自分が一番よく知っている。

「とは言っても……さすがに長引きすぎだよね……」

 最初風邪かと思ったは自分で薬を煎じて飲んでいたのだが、症状は一向に良くならなかった。いよいよ本当に病院に行かなければならないのかもしれない。しかし今はみっちりと修行をこなし、お腹を空かせてくる悟空のために朝食を作ろう。はひたすらに手を動かした。

「あれ? このフタ固っ……ん゛っ!」

 料理の途中に梅干を保存しているビンのフタを開けようと力んだ瞬間、の膨大な気が放たれた。ドォンといくつもの山を震わすほどの爆発が起こり、の立っていた場所以外の大地が広範囲で抉られている。もちろんと悟空の家は跡形もなくふき飛んでしまった。

「う、うそでしょ……?!」

 普段は制御しているの増え続ける気。その気のコントロールがうまくできず、暴発した結果が今のこの惨状であった。しかし神をもおそれたの力はまだまだこんなものではないだろう。なにせ常にその身に地球を簡単に壊せるほどの力を内包しているのだ。地球が破壊されなかっただけ今回の惨状はまだマシな方である。

「私本当にどうしちゃったの……?」
ーーーっっ!!」

 荒野で呆然とするの元へ、凄まじい気の膨張と爆発音でが心配になった悟空がすっ飛んできた。

「だいじょうぶか?! けがはねえか?!!」
「う、うん」

 の無事を確認すると、気が動転していた悟空も少しは冷静さを取り戻し、更地となった辺りを見渡す。

「にしても、いったい誰がこんなひでえこと……」
「あの……」

 まだ見ぬ敵に怒りを滲ませる悟空におずおずとが声を上げた。

「ごめんなさい……私がやっちゃったの……」
「へ?」

 悟空の間抜けな声が雲一つない青空に響いた。



*




 体調不良に続き、原因不明の気の暴走。とてもじゃないが病院では解決できない。は神に助力を求めることにした。
 そうと決まれば善は急げと悟空は筋斗雲を呼び寄せる。筋斗雲に飛び乗った悟空の後に続こうともジャンプすれば、またも力が抑えられず、勢いよく悟空に体当たりをかましてしまった。相手が悟空以外であったら間違いなくただでは済まされなかっただろう。前途多難である。

「おまえたちのことは、この神殿から見ていたぞ」

 そんなこんなで神殿に着いたふたりをポポとともに神は硬い表情で迎え入れた。さすが神、ふたりがなにも言わずとも事情は既に把握しているようだ。さらにの身体に今なにが起こっているのか探るため、神はの頭頂部に掌を置いた。目蓋を落として集中する神と、身構えるをただただ悟空は静かに見つめるしかない。やがて神は口を開いた。

「ふむ……やはりおぬし……妊娠しておるな」
「ええーーーっっ?!!」

 神の予想通り、のお腹には新しい命が宿っていた。今回起きてしまった事態も、その影響のようだ。どうやらの気がどんどん子供の方に流れているらしく、今のは気を制御するほどの力を保てない状態にあった。だから少し力んだだけで気が爆発してしまったのだ。

「ニンシン? なあポポ、ニンシンってなんだ? っまさか病気か?!」

 驚くの横で、妊娠という聞きなれない言葉に慌てふためく悟空はポポに詰め寄る。いつかの恋愛講座のように妊娠についてポポが教えてやると、今度こそ悟空も同様喜びを露わにし、ふたりで抱き合った。そして案の定力加減がうまくできなかったによって全身の骨という骨を粉々に砕かれそうになり、また違う意味の叫び声を上げそうになった悟空。
 結婚して夫婦になってもなお、ふたりのお騒がせっぷりは変わらない。



*




 妊娠した影響で力が制御できず、家を木っ端微塵にふっ飛ばしてしまったと笑うと、腹が減ったと笑う悟空のおとぼけ夫婦にブルマが頭を抱えたのは当然である。

「まぁーったく、あんたたちには驚かされてばっかりよ!」

 と悟空が突然家にやってきたかと思えば、衝撃の報告を受けたブルマ。親友の懐妊に喜んでいいやら、特異体質のせいで一瞬にして家を失い、路頭に迷う羽目になった親友に悲しんでいいやらわからない。
 ブルマの気持ちを察したは乾いた笑いをもらした。その隣では悟空がいまだにがつがつと大量にご飯をかっ食らっている。妊娠騒動で朝食を食べ損ねていたのだ。

「ごめんね、ブルマ。しばらくお世話になります」

 気のコントロールどころか、まともな日常生活が送れるかもあやしいを放っておくわけにもいかず、ブルマはしばらく面倒を見ることにした。
 しかしよくもまあこの夫婦は次から次へと騒動を起こすものだ。長年このふたりと付き合いのあるブルマにとったら、そんなのは慣れっこだが。

と孫くんの子供かあ……どっち似になっても強くなりそうね」
「あはは! 元気に生まれてきてくれるならなんだっていいよ!」

 ただ、望むらくは心が強い子になってほしい。この先にどんな運命が待ち受けていようと挫けないでいてくれる――そんな子に育てたい。

「それよりも!」
「ん?」

 の想いをよそに、ブルマはニヤニヤしながら口元をの耳に寄せた。

「あの孫くんにどうやって子供のつくり方を教えたのか私に教えなさいよ!」
「ブッ、ブルマ!!」

 顔を真っ赤にして咎めるようにブルマの名を呼んだは荒々しく席を立つ。そこへさっきまで脇目も振らず食事に集中していた悟空がやってきた。

「なんだブルマ、子供のつくり方知らねえならオラが教え「なくてよろしい!!」ぅぐっ!!!」

 思いがけずに登場した悟空を軽く押しやったつもりが、まだ力の抜き方を知らないによって悟空は壁をぶち抜きながら飛んでいってしまった。

「いやああ!! 悟空ごめっへぶ!!」

 またもやらかしたは悟空を追いかけようとするも、自分の足に引っ掛かり転んでしまう。どうやら気のコントロールができないばかりか、他の能力値まで下がってしまっているようだ。通常のであれば持ち前の反射神経で、たとえ転んだとしてもきちんと受け身がとれるはず。それすらもできないとなれば――

「ただの暴走ドジっ子ツンデレ娘ね……」

 嘆くブルマになんとも不名誉な呼び方をされるが、紛れもない事実になにも言い返せないなのであった。






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