其之六
ドラゴンボールを求めてフライパン山へと到着したたちはもはや汗だくであった。確かにドラゴンレーダーはフライパン山てっぺんの牛魔王の城の中にドラゴンボールがあることを示している。しかし城は轟々と燃え盛る炎に包まれていて、とてもじゃないが近づけそうにない。ブルマに頼まれて筋斗雲で城の中に入れないか偵察に行った悟空を汗を垂らしながら見守っていたは、背後から迫ってくる気配で刀を抜き、飛んできた斧をブルマやウーロンに被害が出ないよう一刀両断した。まったく気配を察知していなかったブルマとウーロンはこれでもかと目を剥き、驚きを隠せないでいる。
「おらの斧を斬っちまうたあ、ただの盗賊にしてはやるでねえか」
「俺たちは盗賊じゃあ……ん? いや……城のドラゴンボールを欲しがっている時点でやろうとしてることは盗賊なのか……?」
自分の何倍もの体格の大男と対峙しているにもかかわらず、のんきに自問自答しているにブルマは肝を冷やし、ウーロンは眼前の牛魔王の恐ろしさに失禁してしまった。
「ん? おめえが持っているその刀……どこで手に入れただ!?」
「この刀は師匠が俺を拾ってくれたときに持っていたものだ。なぜそんなことを訊く?」
「そっその師匠ってまさか……沙門さんか!??」
「?! なんで師匠の名前を……「おーい、だめだー!! あつくて城には入れねえよーっ」
筋斗雲で偵察に行っていた悟空を見るやいなや、牛魔王は筋斗雲の存在に気づいた。亀仙人からもらったものと知ると、すぐに亀仙人の居場所を訊いてきた。悟空やブルマが大体わかると答えると(当然は極度の方向音痴のため無言だ)、途端に弾けるように喜ぶ。ひとり小躍りしている牛魔王は、ふと悟空の背にある如意棒を見つけて孫悟飯の名を出した。の師匠に引き続き、悟空の師匠までも知っているとは――は眉根を寄せて記憶を辿り、そして線と線が繋がると声を上げた。
「そうか! 師匠から聞いたことがある。牛魔王さんは俺の師匠と悟飯さんと兄弟弟子だったって!」
「んだあ! 悟飯さんと沙門さんはお互いを認め合う良きライバル同士でな、ついに武天老師さまの一番弟子の座は決まらなかった。おかげでおらは永遠の三番弟子だっただ。ぃんやあー、なっつかすいなーっ!!」
牛魔王は豪快に笑う。
まったく話に入ってこれないブルマやウーロン、そして岩陰からこっそりとたちを盗み見ていたヤムチャたちはたちの強さの理由を再認識するのであった。
「おっとそんだ!!」
牛魔王に修行時代を懐かしがっている暇はなかった。亀仙人の居場所を知っているのなら話が早い。牛魔王は筋斗雲に乗る悟空に、山の火を消すべく芭蕉扇を借りてきて欲しいと頼んできた。悟空は牛魔王の頼みを城に眠るドラゴンボールと引き換えに快諾。早速亀仙人の住む南方へと出発しようとすると、牛魔王が再び声を掛けてきた。なんでも、武天老師を探しに行かせた一人娘のチチを道中拾ってきてくれないかということだ。
「気は小せえがめんごい娘だ! 沙門さんと悟飯さんの弟子のと悟空にならヨメさやってもいいな! いやあはイケメンだがら娘が一目惚れしちまうかもなあ!!」
「あ、はは……光栄です……」
「ほれ、これが写真だ!!」
が牛魔王の発言に乾いた笑いを零す。ブルマは少しムッとするが、さすがに牛魔王の前であからさまに不満を漏らすことはなかった。
「悟空のことだから牛魔王さんの娘さんに色々と失礼を働きそうだし、俺も一緒に行くよ」
悟空はの言う失礼というものにピンときていない様子だが、ならば大歓迎だと筋斗雲のスペースを空ける。
そうして悟空とは芭蕉扇とチチを求めて飛び立つのだった。
意外にも早く牛魔王の娘のチチらしき女の子を見つけると、が上空から名前を呼んだ。案の定その女の子は、なぜ自分の名を知っているのかびっくりしている。チチが怖がらないようが丁寧に説明してあげるとチチも納得したようで、筋斗雲に乗ろうとするが、小柄なチチにはどうにもこのふわふわした不安定な筋斗雲は乗りづらいらしい。はそっと優しくチチの手を取り、筋斗雲へとエスコートする。またも(無駄に顔が良い)の無自覚な行動によって、犠牲者が出てしまった――チチはブルマよりももっとずっと一途で夢見がちな乙女なのだ。すっかり(無駄に顔が良い)を王子様みたいだと胸を高鳴らせ、ポッと頬を染めている。これが後の悲劇に繋がるなんて、こと男女の色恋に鈍いもそして悟空も思っていなかった。
「失礼。狭いから許してくれ」
悟空、、そしてチチを迎えた筋斗雲はさすがに狭くてどうしようもなかったので、はチチを胡座の上へと座らせる。おかげで幾分かスペースに余裕ができたが、悟空はポツリとどこか不機嫌そうな声色で近くないかと珍しくツッコミ役にまわった。ここにブルマがいたらきっとひどく憤慨していただろう。
「な、なあ!」
「ん?」
「の好きな食べ物はなんだ?!」
「え? うーん、そうだな……筑前煮かな」
「おら、煮物は得意料理だべ!」
「ははっそうか。チチは良いお嫁さんになるな」
にこりと(無駄に顔が良い)が爽やかに微笑めば、チチは照れたように顔を逸らす。
悟空は筋斗雲に乗ってから繰り広げられるチチとの会話にげんなりしていた。なんだって女という生き物はこうやかましくておしゃべりなんだろうか――次から次へと話題が変わり、とりとめのない会話に付き合うを尊敬する。悟空にとったらこんなやり取りどこが面白いのだろうかと甚だ疑問なのだ。やはりとふたりの方が心地良くて好きだと悟空は強く思うのであった。
「ん? なんだあこれ?」
チチはから顔を逸らした先で見つけたシッポを掴むと、悟空は突然の刺激に声も出せずにへなへなと筋斗雲から転げ落ちた。は悟空を助けようと筋斗雲から身を乗り出して手を伸ばす。だが不安定な筋斗雲の上でチチも支えていた所為で、反応が遅れてわずかに届かないばかりか、そのままもチチも一緒に落ちてしまった。
「すまない!! 大丈夫か?!」
とっさにチチの頭を抱えて受け身を取ったが、衝撃はあったはずだ。が声を掛けるとチチは呻きながらも目を開けてくれた。どうやら大したダメージはないようだ。は安堵するが、チチはそれどころではない。今チチはに押し倒されるような体勢で顔色を窺われており、体は密着状態で吐息を感じるほど顔が近い。嫁入り前に男(実は女)とこんな絡み合ってふしだらな女だとチチは恥ずかしがる一方、身を挺して自分を守ってくれたは身も心も綺麗でたくましく頼り甲斐のある男(実は女)だとさらに恋心が膨らんでいった。はそんな熱い眼差しを一身に受けているとは露知らず、この高さから落ちても無傷でよかったとホッとしていた――幸いにもこの世界にはギャグ要素が盛り込まれていたからである。
一悶着あったが、なんとか無事亀仙人の元へと辿り着くと、筋斗雲と悟空との顔を見た亀仙人はすぐにピンときたらしく、歓迎してくれた。
挨拶やチチの紹介もそこそこに、亀仙人はハッとなにかを思い出したのか、の手を引いて悟空たちから離れる。
「なにか俺にご用でしょうか?」
「わしにはわかるぞ――おぬし、おなごじゃろう?」
「!」
「ほっほっほっ! なぜわかったという顔じゃな。答えは簡単じゃ。手じゃよ、手」
亀仙人に指摘されては自分の手を見つめた。亀仙人曰く、意外にも手は男女を区別する大きな指標になるという。手の肉感、関節、骨格、体温――亀仙人くらいの達人にもなれば手だけで大凡の実力が推し量れる。かく言うも、亀仙人がどのように人生を歩んできたのか、口ではなく身体で知りたいという理由で握手を求めていた。結果、亀仙人の方が上手でが女だとバレてしまったのだけれど。
「……さすが師匠のお師匠さまです。感服致しました」
「なにっ?! 師匠の師匠だと……?」
「はい。私は沙門の弟子です」
「そうか! おぬしがあの沙門の……!」
亀仙人の弟子である沙門が山の中で不思議な赤ん坊を見つけたという話はいつだったか聞いていた。生まれて間もない赤子は刀を抱えて泣いていたらしく、そういえば性別は女だと言っていた覚えがある。その子がこんなにも美しく育つとは――亀仙人が羨ましすぎて血の涙を流さんばかりに奥歯を噛み締めていると、おずおずとが口を開いた。
「師匠は亡くなる直前、仰っておりました。武天老師さまにお会いする際は気をつけろ、と。最初は師匠の言っていることがわかりませんでしたが、こういうことだったんですね! 見事私を女と見抜いた武天老師さまのお力、素晴らしいです!!」
キラキラと眩しいほどの笑顔のに、亀仙人は自分の邪な願望が明るみに出そうで小さく呻く。
は亀仙人を勘違いしていた。もちろん他を寄せつけぬほど厳しい修行を重ねた経験から得た眼力は一級品で、武道の達人に違いはないのだが、一方で自分の弟子にもバレているくらい欲望に忠実なスケべじじいなのだ。そう、亀仙人は長年の勘で、のサラシの下にはブルマよりも立派に育った胸が眠っていると見込んでいた。自分に握手を求めてきたくらいだ、少なからずブルマよりは懐柔する余地があると踏んだ亀仙人は芭蕉扇を貸すかわりに、の胸をちょっとばかしつつかせてもらおうと思っていたのだ。しかし歳を重ねていても亀仙人も一端の男――思ったよりも純真無垢なの尊敬の眼差しを裏切ることはできなかった。仕方がないが、悟空に頼んでブルマの胸をつつかせてもらおうと作戦変更した亀仙人の頭にチチの頭部についているカッターが飛ぶまであと少し。
鍋敷きに使っていた芭蕉扇をワンタンの汁を溢して捨ててしまった亀仙人は、たちとともに自らフライパン山へ赴き、見事大技かめはめ波を放って業火を消し去った。威力が強すぎて火どころか山まで一緒にふき飛ばしてしまったのは、もはやご愛敬だろう。
みんなで笑い合う中、悟空は亀仙人のかめはめ波の真似をして車をふっ飛ばす。そんな悟空をさすが孫悟飯の孫と牛魔王が口にすると、亀仙人はここにもまた自分の弟子の弟子がいたことに驚いた。も悟空も相当鍛え込んでいるが、まだまだ伸び代がある。久々に自らの手で育ててみたいと思った亀仙人はと悟空に声を掛けた。するとと悟空は一度目を合わせて口角を上げ、ドラゴンボールが全部見つかったらすぐに行くと約束をするのだった。
瓦礫に埋もれたドラゴンボールを見つけ、悟空が壊した車の代わりに牛魔王から車をもらい、いざ出発しようとするとブルマが亀仙人に止められた。約束がどうの言って、ブルマはウーロンを連れていってしまう。少しすると離れた場所から亀仙人の声が聞こえたが、それもやがて静かになった。終わったかと悟空と話していると、ちょんちょんと弱々しくの服が引っ張られる――チチだ。悟空に少し席を外すことを伝え、なにか話したそうな様子のチチについていく。
「どうかしたか?」
「……っあ、あのな、おらがもう少しおっきくなったら「ー!!」もらいにきでけれな」
「ん? なにをくれるんだ?」
「やっやんだー! わがってるくせに女に二度も言わすべか!!」
「ー!!? もう出発するわよー!!」
「え、と、……わ、わかった! もらいに行けばいいんだな!?」
ブルマに呼ばれて焦るはたいしてチチの発言に深く追及もせず、うやむやに返事をした。まさかこの出来事が数年後自分の首を締めるとも知らずに――