※未来捏造(ロイとヒロインが子供の話をします)
と共に人体錬成に巻き込まれ、強制的に扉を開けさせられた。その結果、は左側の視覚と聴覚を奪われ、私は両目の視力を奪われた。
「何がロイを守るだ……! なんで私じゃなくてロイが……っ!!」
光を失った暗闇の中、の声が聞こえる。絶望と怒りに打ちひしがれ、彼女にしては珍しく弱弱しく震えた声だ。
「……泣いているのか……?」
今すぐこの手で抱き締めてやりたいのに、のいる場所すらわからない。それが酷く歯痒くて、思わず縋るように手を伸ばせば、ふわりと少し冷たい感触に包まれた。この温度や小ささは間違えようがない。幾度も触れてきたの手だ。
「ロイ……っ! 守れなくてごめん、ごめんね……!!」
「また泣かせてしまったな……」
今度はヒューズも許してくれないだろう――いや、おまえも約束を反故してまで私じゃなく、の右側を守った。ヒューズらしい賢明な判断に感謝はするが、やはり今回もお互い様だ。許せ。
「私がロイの代わりに両目を失えばよかったのに……っ!!」
今ならなぜあんなにもが強かったのかわかる。私が弱かったからだ。だからこそは自身を奮い立たせ、強くあろうとした。
「何を言っている。はあの時私の左を守ると言った。だからの左側は私を守り、共に死んでくれたのだ」
今度は私が奮い立つ番だ。
「そして私の右を守っていたヒューズは、代わりにの右を守った」
きっとこの意味はにはわからないだろう。
正直両目を失明したのが私で良かったと思っている。きっと逆の立場だったら、自分の無力さに死にたくなり、以上に絶望して立ち上がれないでいたはずだ。だが、は違う。弱い私の隣で強く在り続けた彼女ならば、必ずや立ち上がって私を今以上に支えてくれるだろう。そう信じているから、ヒューズは私ではなくの右を守った。ヒューズはもうずっと以前から私の弱さとの強さを知っていたのだ。まったくおまえらしい采配だよ、ヒューズ。
絶望するには早い。まだこんなにも大きな希望が残っているのだから。
*
あの約束の日から、随分と忙しい日々が続いた。
私とはドクター・マルコーの賢者の石によって、強制的に扉を開けさせられた際に支払った代償を取り戻した。その時ドクターと交わした約束を果たすべく、私とは今もなお奔走している。
「マスタング大佐、この書類なんだが……」
東方司令部の私の執務室は現在来訪者が非常に多い。しかし、ノックして返事を待たずにドアを開ける人間は唯一人だ。
「なあ、二人きりの時はロイと呼んでくれないか?」
「まだ気にしてるの? いい加減素直に大佐って呼んだら?」
「外では呼んでいる。だが、二人でいる時に階級は必要はないだろ」
イシュヴァール政策に向けて、ブリッグズ要塞からとマイルズを東方司令部へと迎え入れた。マイルズはともかく、も東に欲しいと言ったら、あの女王様に大分渋られたが。
ドクターとの約束との希望もあり、政策の先駆けとして彼女にはシン国へ貿易の交渉に行ってもらう予定だ。母親がシン国出身で、シンの言葉も話せて、イシュヴァールに理解もあるは適任だった。それに加え、帝位についたリン・ヤオは図々しくも"私の"を好いており、彼女を交渉人に立てないと交易しないとほざいたのだ。
リン・ヤオを燃やしてやりたい衝動はとりあえず一旦置いておく。
国の代表として外交するのだから色々と権限もあった方が動きやすいし、他国のお偉方にもなめられないだろうと、一足早くを大佐にしようと動いたのがグラマン大総統とアームストロング少将であった。おかげで私が准将と呼ばれる日が遠のいた。私としては、と階級が並ばないよう同時に昇進したかったのだが、そんな私の浅はかな魂胆などお見通しのグラマン大総統ににこやかに却下された。アームストロング少将も北方でほくそ笑んでいることだろう。
今日は久々に二人揃っての休日だ。まったり家でイチャイチャ、なんて夢のまた夢。現実は厳しく、はここぞとばかりに溜まっていた家事に時間をあてていた。大家族の長女であるは休日であろうとじっとしていられない性分なのだ。些か残念ではあったが、こうして家の中を快活に動き回るの姿に私は極上の幸せを感じていた。
『マスタング准将が本格的にイシュヴァール政策にのり出し――将来的には東方シン国との鉄道交易を開始したいと――イシュヴァールは交易の拠点として――』
ソファに寝そべって本を読んでいると、眠気が襲ってくる。早々に本の続きは諦めて瞳を閉じ、ノイズまじりのラジオに耳を傾けた。いくら叩いてもノイズが直らなくなってしまったな。そろそろフュリーに修理を頼むか。
『大佐はすでにリン・ヤオ皇帝との条約を取り決めており――』
あの大佐がまさかこんな小さくて可憐な白雪姫様だとは誰も思うまい。ふ、と緩く笑った。
「やっとマースと肩を並べたね、マスタング准将殿」
家事が一段落したのか、そばまでやってきたの指先が私の前髪をさらりと横に軽く流す。前髪を上げると童顔がマシになるとに言われ、最近仕事中は前髪を上げるようにしていたのだが、オフの日は面倒でそのままだ。
「でも、早く大将位にはなってもらわないと東の皇帝のお嫁さんになっちゃうかもよ?」
睡魔との声と体温でふわふわしていた意識が一気に呼び戻される。私はの手を掴み、勢いよく起き上がった。まったり家でイチャイチャする前に、やらねばならん事がある。
「今すぐ指輪を買いに行くぞ。公務の時は絶対につけておけ」
本当に私のお姫様は目が離せない。
*
いつもこの場所に来ると降っていた雨は止んだ。花を散らすように吹いていた冷たい風も、あたたかくて穏やかな風へと変わった。死者が静かに眠るこの丘に、快晴の青空が広がる。道すがら行きつけの中央の花屋で買った花束をが抱え、私は大分重くなった我が子を両腕に抱えてヒューズの元へと向かう。まだまだ幼い子供達にここまでの道のりはさすがに遠かったようで、可愛い寝顔を私に見せていた。
「重くない?」
花束で腕が塞がってしまったが問うた。私は崩れかけてきた子供達の体勢を整えるように体を揺り動かしながら口を開く。
「重たいよ。だが、もう少しこの重さを感じていたいんだ」
命とはこんなにも重いのだと深く胸に刻みつける。「……ん、そっか」もう二度と簡単に命を奪うような事をこの世界に起こさせないために。
「でもまあ、うちの大将殿はなかなかロイにだっこさせてくれないから、今のうちに堪能しとかなきゃね」
は私の言葉の裏に隠された想いを読み取り、上手くはぐらかして笑ってみせた。しかし私としては、の話は笑えない内容だ。思わず苦い顔をして我が息子を見つめていると、が吹き出した。おい。
私の分身かと思うくらいそっくりな顔をした息子は、これまた私同様にの事が大好きである。加えて独占欲も強く、終始にべったりだ。おかげでいつも私と息子で争奪戦が繰り広げられている。そんな息子が大人しいのはこんな風に寝ている時だけだ。
「私ね、エリシアちゃんには絶対うちの息子がお似合いだと思うんだけど、ロイはどう思う?」
「姉さん女房か。何せあのヒューズのとこのお嬢さんだからな……振り回されて、尻に敷かれる未来が見えるぞ」
「でも、それも悪くないなって思っちゃうと思うなあ……ロイの子だし」
それはつまり、は私を振り回し、尻に敷いている自覚があるのだな。そしてそれを私が甘受しているのにも気づいている、と。
「本当にには敵わんな」
「よしっ今のうちにマースに心の準備させてあげよ!」
「あいつ、発狂するんじゃないか?」
愛娘に近づく男に容赦なくナイフを投げる姿が容易に想像できる。も私と同じ想像をしたのか、互いに目を合わせて静かに笑った。大声で笑いたい位だが、子供達が起きてしまうので我慢だ。
「あ、そういえばこの間久しぶりにエドワード君に会ったらさ、背がぐんと伸びて男前になってたよ。やっぱり私の予想は外れないね!」
「……、その話はまだ続くのか?」
特別な感情が含まれてなくとも、が他の男を褒めるのは頂けない。
「うん、ここからが本題なんだけど……エドワード君に会って以来、うちのお姫様が金髪の王子様と結婚するって聞かなくてさ」
愛娘に近づく男に容赦なくナイフを投げるヒューズに続き、どうやら私も発火布をはめて出動する時が来たようだ。
私の小さなお姫様はに似てとても可憐である。しかし中身はに似ず、見た目通り少し我儘で夢見がちなお姫様に育った。それもこれも私と息子が甘やかすからとが嘆いていたが、の顔に弱いのは間違いなく血筋だ。
「まあでも、パパ以上にカッコいい金髪の王子様じゃないと嫌って言ってたから安心なさいな」
容姿に恵まれている家族に囲まれて育ったせいか、お姫様は大層な面食いになった。おかげでいまだにお姫様のお眼鏡に適う男は現れていない。私は一生現れなくていいとさえ思っている。ああ、親バカだと存分に笑うがいいさ。
「だから、自分がリザのようなカッコよくて強い素敵な金髪の女の子になった方が早いかもって」
「やはりの子だな……大人しく私だけの可愛いお姫様でいてくれればいいものの……」
眠りにつきながら王子様を待つお姫様なんて、本当はいないんじゃないかと思う。少なくともうちのお姫様は、大人しく眠ってなんかいてくれない。
「ねえ、マース……私達ちゃんと貴方に見せられてるかな? "美しい未来"ってやつ」
花束を手向け、ヒューズの名が刻まれた墓石に語り掛ける。が慈しむように微笑みながら、私の腕に抱かれて仲良く眠る子供達の頭を撫でた。思わず笑みが零れる。あの時復讐の業火に焼かれていたら、きっと今のように笑えていなかったはずだ。
なあ、ヒューズよ。おまえが言っていた極上の幸せとは重いな。特に私達の手は血に汚れて余計に重たくなっている。だから私は思わず目を逸らした。から逃げ出そうとした。弱かったのだ。しかしはそんな私を抱き締めた。それならば私は更に強い力でを抱き締めなければなるまい。
「また来るね。今度はもう一人増えてる予定だから、遅くなっちゃうかもしれないけど……必ず会いに行くよ」
どこにでもあるありふれた幸せは近いようで果てしなく遠い。それこそ独りではとても辿りつけない位に。だが、おまえ達が隣にいてくれた。が私を強くしてくれた。また新しい命を守れるように――
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