作品ID:1590
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永遠の終わりを待ち続けてる
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
誓いに生きる
前の話 | 目次 | 次の話 |
「あのときのあの子の言葉があるからこそ、僕はここにいる。二度も裏切りを繰り返すわけにはいかないから。裏切ろうとした僕に向かって、それでもあの子は誓ってくれたから」
冷めてしまったマグカップのオーレを一息に飲み干して、ヴィルフリートは視線を上げた。ウィリアムに言い聞かせるように。
そんなヴィルフリートの言葉に、ウィリアムは少し複雑そうな笑みを浮かべた。
「わかってる。だから、そうやって思い詰めるのはよせ。お前の悪い癖だ。お前の言うところの『裏切り』だって、そうやって一人で抱え込んで爆発させたものだったろ?」
ウィリアムの言葉にヴィルフリートは困ったように微笑んだ。
「おまえやあの子はそう言ってくれるけど、実はあんまり自分じゃ自覚してないんだ。でも、おまえに怒鳴られて、あの子の涙を見たときは目が覚めたよ。そこは今も感謝してる。絶望するなと残してもらっていた言葉にも……」
「あ~、止せ止せ。頼むから、止せ。俺はあのとき、本気で腹立ててただけなんだから」
エルフリッドが城を訪れたその日から数カ月をかけて、シエルリーデは目に見えて衰弱していった。目に見えて老いこそはしないものの、人間の年月を身体が一気に刻み始めたのだと、もう解っていた。
歩行の難しいシエルリーデを車椅子に乗せ、春の訪れも近い季節というのに、身体を冷やさないようにと厚めの毛布を掛けて、城の中庭で日光浴をした。ときには彼女の要望で、城の外へとも連れ出した。
彼女を乗せた車椅子を押しながら、木々の合間を縫ってさんさんと照らす太陽の光を浴びながら、ただ静かに散策した。小さな小さな会話だけを楽しみながら。
その頃のシエルリーデには、もう森の景色や湖畔の風景でさえも、殆んど見えてはいなかったから。車椅子の上のシエルリーデに、ヴィルフリートは耳元で優しく話しかけた。
森の木々の緑がどんどんと濃さを増していっていること、小鳥達のさえずりがとても賑やかになってきていること、湖畔の岸辺に小さな魚達が群れを成していてなんだか凄く楽しそうだと。
その度、シエルリーデは嬉しそうに微笑んで、小さな歓声をあげてはしゃいでみせた。はしゃいでみせるシエルリーデに、ヴィルフリートも軽口で応じた。
けれど……。それは、ヴィルフリートにとっても、シエルリーデにとっても、とてもとても哀しい時間でもあったのだ。日を追うごとに衰弱してゆくシエルリーデは、確実に『死』の色を帯びていっていた。
シエルリーデがとうとう寝台から起き上がる力すら完全に失くしてしまった朝だった。ヴィルフリートとウィリアムの介助で何とかクッションにもたれ、少しの会話だけを楽しんだ後、うつらうつらと船を漕ぎ出したシエルリーデに、ヴィルフリートの心は完全に砕けかかってしまった。
「人が素直に礼を言ってるのに、なんだよ!」
クスクスと静かに笑ったヴィルフリートの瞳に、今は陰りの色は無く、ウィリアムは心の中で安堵の息を吐いて、誤魔化すようにヴィルフリートのサラサラのシルバーグレーを掻き回した。
「ハイハイ。じゃ、今日の晩飯当番、お前ってことで?」
「どっから出たよ、その発想? まぁ、いいけどさ。この数百年で僕らも随分変わったよね。昔は城のメイドや厨房係に一任してたし、使用人達もごろごろ抱えてたのにさ。今じゃ、自分で包丁持つんだから」
ヴィルフリートの言葉にウィリアムが笑う。
「まぁ、そりゃ仕方ないんじゃねぇの? lamiaの謳い文句の『誇り高き夜の貴族』らしく、どっかにでっかい屋敷でも構えるんなら別だけど、いくら間取りの広さが売りでも、このマンションじゃな」
ウィリアムの言葉に、ヴィルフリートが眉根を寄せて否定した。
「それは勘弁。色々と面倒な気もするし……。大体、僕にもおまえにも本当の領地なら有るんだしね」
喫茶店からの帰り路、殆んど泣きべその綾袮に、流石に友人達もやり過ぎたと思ったのだろう。四人がかりで綾袮の機嫌を取ろうと必死になって、言葉を掛けてくれている。
「あ、綾袮~。機嫌、直してよ」
「ごめんなさい、話の盛り上げ役として使い過ぎたって、反省してる」
「駄目ね、やっぱり私達、こういうのは向いてないんだと思うわ」
「え、なによ、結局みんな一緒だったんじゃない? 綾袮を弄ってなきゃ持たなかったって言うのか……」
友人達の言葉に、綾袮は少しだけ溜息を吐いて、俯かせていた顔を上げた。
「もういいわよ。わたしを弄ることで、皆の話すきっかけになってたなら」
綾袮の言葉に、友人達が抱き付く。
「さっすが、綾袮!! 『天使ちゃん』はそうでなくっちゃ!!」
「やーめーて!! 『天使ちゃん』はやめてってば!」
帰路の異なる友人達と別れた後、方向の同じ友人と帰り道を歩いていた綾袮は、友人から突然二枚のチケットを差し出されて、首を傾げた。
「え、なに?」
「ごめんなさい! 綾袮がイヤな思いしなきゃならなかったのって、半ば強引に私が綾袮を連れ出したからよね? 本当はね、今日の集まりって、綾袮に話しかけてた子が綾袮のこと知ってて……。
中学の知り合いを伝手にして、無理やり頼み込まれてたのよ。綾袮のこと、紹介して欲しいって。仲介役に入ってたのが中学のときの部活の先輩だったから、断わるわけにもいかなくて」
思わぬ裏事情に綾袮は呆けた。幼稚舎からの長い付き合いの友人は続ける。
「それでね、綾袮、さっき、lamiaのこと見てたでしょ?」
「らみあ?」
聞き返した綾袮に、友人が呆れたように肩を落とす。
「音楽トリップの悪癖の持ち主の割には、相変わらず世間の流行りに疎いんだから! 今の女子中高生の間で、lamiaの名前を出されても解らないなんて、遅れてるどころじゃないわよ?」
「そんなこと言われたって……。あ、さっきのテレビの?」
綾袮の言葉に、我が意を得たりとばかりに友人が肯く。
「私、実は随分前からのlamiaのファンなの。で、これはライブチケット。これ、本当は凄く希少なのよ? 手に入れるの、ホント大変なんだから!! 普通に手に入れようと思えばね。
でも、思いがけぬラッキーがあって、こないだ知り合いから二枚もらっちゃったの。よかったら、一緒に行かない? lamiaのほんとの魅力ってね、実際にステージを見てみる方が早いと思う」
「え、でも、希少なものなんでしょ? わたしがもらっちゃってもいいものなの?」
綾袮の言葉に友人がニッコリと笑う。
「いいの! これはお詫びも兼ねてるし、なにより、綾袮がlamiaの歌が気になってるなら、絶対に後悔しない子だって思うから」
洒落たビル街の中に佇むそれなりに有名で大きなライブ会場は、開場の三時間前には、既に巷で話題の『吸血鬼』の姿を一目見ようと押しかけるファンの群れで覆い尽くされていた。
と言っても、lamiaのチケットは基本的にチケットを買う際に座席指定があるので、群れを成してそんな時間から押しかける必要などは無いはずなのだが……。
「今の人間の女の子の考える事って、ほんとによく解んないね。あ、男の子も混じってるみたいだから、今の人間って言う方が正しいのかな? ホンキで僕達に血を吸われるとか考えないんだろうな。
あ、それとも、十字架常備で来てるのかな? 銀の弾丸とか短剣っていうのは、流石に時代遅れって印象受けるよねぇ。その前に、この国は今は銃や剣は禁止だっけ?」
「ステージ前から冷めきった発言で恐ろしい台詞吐いてんじゃねぇよ!」
横から入れられた言葉に、翡翠の瞳の少年は、オレンジブラウンの髪を持つ青年に視線を向ける。
「そう? あの子がこんなの見たら、抑えきれないって顔して、愉しそうに笑うんだろうにな……」
「ここんとこの慣れない生活に、振り回されて疲れてんのは解ったから、そろそろルヴィスになってくれ」
心配そうな声を出す従兄弟の青年に、シルバーグレーの髪に一筋の小さな飾り紐を結い付け、翡翠の瞳を細めて少年は微笑んだ。
「解ってるよ、ちょっとごねてみたかっただけなんだ。こんなに女の子がいる中で、なんであの子はいないんだって……。さぁ、エディル、今宵も『闇の王の眷属、誇り高き夜の貴族』の宴の始まりだ。
ぼくは語ろう。老いることも許されない不死の定めを持つ者の、孤独と哀しみについて!! ルヴィスとエディルの置いて逝かれた恋人への切ない痛みのメロディ、とくとご賞味あれ」
おどけた仕草で芝居がかった口調を演じる、ルイスエンド・ルヴィスの仮面を被ったヴィルフリートに、エイスエルド・エディルの仮面を被り、ウィリアムも応じる。
「宴の始まりだ」
シエルリーデが寝台から起き上がる力すら完全に失くしてしまった朝、ヴィルフリートとウィリアムの介助で何とかクッションにもたれ、少しの会話だけを楽しんだ後、うつらうつらと船を漕ぎ出したシエルリーデに、ヴィルフリートの心は完全に砕けかかってしまった。
シエルリーデを部屋に残したまま、ヴィルフリートはふらりとその姿を眩ませた。シエルリーデと暮らす城の建つ森の中の秘密の広場。二人が初めて出逢った場所で、シエルリーデがヴィルフリートの手を取った場所。二人で共に永遠を誓い合った場所だった。
寝台から起き上がる力すら完全に失って、ヴィルフリートとウィリアムの介助を必要とし、少し、ほんの少しの会話にも疲れてしまったように眠り込んだシエルリーデの姿。
ヴィルフリートの哀しみと心はもう限界だったのだ。朝に別れたクッションにもたれて眠るシエルリーデは、もうそのまま目を覚まさない。そんな気がした。
怖かった。独りきりでまた悠久のときに取り残されるなど、シエルリーデと幸せに過ごした年月を知ってしまったヴィルフリートに、もう耐えられるとは思えなかった。
エルフリッドが訪れてからの数カ月の内に、誰にも気付かれぬようにと細心の注意を払って取り寄せていた、ヴァンパイアハンターが扱う銀の弾丸が込められた短銃。
自らの心臓に銃口を当て、引き金に手を掛けたヴィルフリートの手を、乱暴な仕草で払いのけたのは、ウィリアムだった。息を切らして馬鹿野郎と叫んだウィリアムの後ろ、いつの間に訪れていたのか……。
エルフリッドの押す車椅子に乗せられたシエルリーデが、いつもの穏やかな微笑みを、優しい笑顔を消して、出逢った頃の独りぼっちの子どもの表情で、声もあげずに、ただ、静かに泣いていた。
―――約束を守れなくなったのは私だけれど、貴方は簡単に引き金を引いて、そうして私のことなど振り向きもしないで逝こうとしてしまうのね。
静かなシエルリーデの言葉に、ヴィルフリートは地面に崩れ落ちた。ヴィルフリートの取った行為は、全てを捨てヴィルフリートの手を取ってくれたシエルリーデへの、完全な裏切り行為だった…………。
静かに泣き続けるシエルリーデと、地面に崩れ落ちたまま涙を零すことしか出来ないヴィルフリート、そんな二人を前にしながら何も出来ない己の無力さに拳を握り締めるしかないウィリアム。
その場で言葉を紡いだのは、エルフリッドだった。二十年は前になるだろう話になる。妹の身体に起こり得ているかもしれない異変に気付いた祖母が、診療所を息子夫妻に明け渡し、それから必死になって調べていたことがある。それは、人の輪廻について。
当時のヴィルフリート達の人間社会では、人は死すと善なる者は天に上げられ、悪に染まった者は地獄へ落ちるという教えが一般的だった。けれど、そんな中に、偶に生まれ落ちる話がある。
それは、初めて訪れるはずの場所の事細かな風景や、ちょっとした秘密を知っていたり、小さな子どもが、初めて逢うはずの人間に対して、その子どもが知り得るはずがないようなことを喋り出したり……。
そうして、そういった子ども達や人々は決まって口にするのだ。ここに生まれて来る前に、訪れたのだ、と。今の命を受ける以前に、出逢ったことがあるのだ、と。自分は生まれ変わって来たのだと。
ルーシアはそういった話の起こり得た場所へと出来得る限り足を運び、その人々から直接話を聞いて必死に書き集めた。そうして、遺書の最後に書き残した。
――――何年も何年も輪廻を調べ、人々の話を聞いて回ったあたしの結論を、どうか信じて欲しい。人は生まれ変わる。それがあたしの出した結論。
もしも妹の身体が、あたしの想い描いた最悪の異変をきたしているなら、どうか、信じて欲しい。妹は今は『死』を受け入れることしか許されないかもしれない。けれど、人は生まれ変わる。
あたしのリーデは、貴方のリーデは、例え今は眠りに向かっていても、それは決して永遠などではないと。貴方の許へと必ず生まれ変わってくると。
何も根拠のないことだと思わないで。今生(こんじょう)より以前の記憶を持つ人々が確かに存在するのだから。シエルリーデは必ずもう一度生まれて来る。
どれだけの時間を要したとしても、貴方に再び回り逢うために、必ずもう一度生まれて来ると、どうか信じてやって欲しい。どうか、どうか……。
エルフリッドが読み上げたルーシアの最後の言葉に、シエルリーデが車椅子から立ち上がった。車椅子の手すりにしがみつき、もう、寝台から起き上がることすら困難だったはずの身体を引き摺って、ヴィルフリートの前まで這いずり歩き…………。崩れ落ちたままのヴィルフリートの手を取って、小さく囁いた。
『……生まれて来る。絶対に生まれ変わって来る。貴方を独りにしたままでは逝かない。貴方に誓って、生まれて来る。今度こそ、約束を守るために生まれて来る』
涙の滲んだ小さな誓い。否、祈りにも近いような、不確かな……。けれど、そこには確かに、シエルリーデの強い決意が込められていた。
だから、ヴィルフリートは小指を交わした。零れ落ちる雫は止められないまま、それでもシエルリーデが差し出した小さな手に小指を重ねた。
『生まれて来て。今の君には眠りの道しか残されていないなら、もう一度生まれて来て。絶対に生まれて来て。君の言葉を信じて僕は待ってるから』
―――――シエルリーデが永い眠りに就いたのは、それから数えて七日後のことだった。シエルリーデが愛した城の中庭の小さなカフェテラス。
リーデがいつも手製の焼き菓子を披露してくれたテーブルを彫り上げて墓標とした。ヴィルフリートが道楽で育てた薔薇の花も、墓標の中に閉じ込めた。墓標の横には、リーデがいつも腰掛けた椅子を飾って。
墓標には『シエルリーデ・セントカティルナ・レ・フォン・ラインフェルド。暫しの眠りに就く』と、刻み込んだ……。
冷めてしまったマグカップのオーレを一息に飲み干して、ヴィルフリートは視線を上げた。ウィリアムに言い聞かせるように。
そんなヴィルフリートの言葉に、ウィリアムは少し複雑そうな笑みを浮かべた。
「わかってる。だから、そうやって思い詰めるのはよせ。お前の悪い癖だ。お前の言うところの『裏切り』だって、そうやって一人で抱え込んで爆発させたものだったろ?」
ウィリアムの言葉にヴィルフリートは困ったように微笑んだ。
「おまえやあの子はそう言ってくれるけど、実はあんまり自分じゃ自覚してないんだ。でも、おまえに怒鳴られて、あの子の涙を見たときは目が覚めたよ。そこは今も感謝してる。絶望するなと残してもらっていた言葉にも……」
「あ~、止せ止せ。頼むから、止せ。俺はあのとき、本気で腹立ててただけなんだから」
エルフリッドが城を訪れたその日から数カ月をかけて、シエルリーデは目に見えて衰弱していった。目に見えて老いこそはしないものの、人間の年月を身体が一気に刻み始めたのだと、もう解っていた。
歩行の難しいシエルリーデを車椅子に乗せ、春の訪れも近い季節というのに、身体を冷やさないようにと厚めの毛布を掛けて、城の中庭で日光浴をした。ときには彼女の要望で、城の外へとも連れ出した。
彼女を乗せた車椅子を押しながら、木々の合間を縫ってさんさんと照らす太陽の光を浴びながら、ただ静かに散策した。小さな小さな会話だけを楽しみながら。
その頃のシエルリーデには、もう森の景色や湖畔の風景でさえも、殆んど見えてはいなかったから。車椅子の上のシエルリーデに、ヴィルフリートは耳元で優しく話しかけた。
森の木々の緑がどんどんと濃さを増していっていること、小鳥達のさえずりがとても賑やかになってきていること、湖畔の岸辺に小さな魚達が群れを成していてなんだか凄く楽しそうだと。
その度、シエルリーデは嬉しそうに微笑んで、小さな歓声をあげてはしゃいでみせた。はしゃいでみせるシエルリーデに、ヴィルフリートも軽口で応じた。
けれど……。それは、ヴィルフリートにとっても、シエルリーデにとっても、とてもとても哀しい時間でもあったのだ。日を追うごとに衰弱してゆくシエルリーデは、確実に『死』の色を帯びていっていた。
シエルリーデがとうとう寝台から起き上がる力すら完全に失くしてしまった朝だった。ヴィルフリートとウィリアムの介助で何とかクッションにもたれ、少しの会話だけを楽しんだ後、うつらうつらと船を漕ぎ出したシエルリーデに、ヴィルフリートの心は完全に砕けかかってしまった。
「人が素直に礼を言ってるのに、なんだよ!」
クスクスと静かに笑ったヴィルフリートの瞳に、今は陰りの色は無く、ウィリアムは心の中で安堵の息を吐いて、誤魔化すようにヴィルフリートのサラサラのシルバーグレーを掻き回した。
「ハイハイ。じゃ、今日の晩飯当番、お前ってことで?」
「どっから出たよ、その発想? まぁ、いいけどさ。この数百年で僕らも随分変わったよね。昔は城のメイドや厨房係に一任してたし、使用人達もごろごろ抱えてたのにさ。今じゃ、自分で包丁持つんだから」
ヴィルフリートの言葉にウィリアムが笑う。
「まぁ、そりゃ仕方ないんじゃねぇの? lamiaの謳い文句の『誇り高き夜の貴族』らしく、どっかにでっかい屋敷でも構えるんなら別だけど、いくら間取りの広さが売りでも、このマンションじゃな」
ウィリアムの言葉に、ヴィルフリートが眉根を寄せて否定した。
「それは勘弁。色々と面倒な気もするし……。大体、僕にもおまえにも本当の領地なら有るんだしね」
喫茶店からの帰り路、殆んど泣きべその綾袮に、流石に友人達もやり過ぎたと思ったのだろう。四人がかりで綾袮の機嫌を取ろうと必死になって、言葉を掛けてくれている。
「あ、綾袮~。機嫌、直してよ」
「ごめんなさい、話の盛り上げ役として使い過ぎたって、反省してる」
「駄目ね、やっぱり私達、こういうのは向いてないんだと思うわ」
「え、なによ、結局みんな一緒だったんじゃない? 綾袮を弄ってなきゃ持たなかったって言うのか……」
友人達の言葉に、綾袮は少しだけ溜息を吐いて、俯かせていた顔を上げた。
「もういいわよ。わたしを弄ることで、皆の話すきっかけになってたなら」
綾袮の言葉に、友人達が抱き付く。
「さっすが、綾袮!! 『天使ちゃん』はそうでなくっちゃ!!」
「やーめーて!! 『天使ちゃん』はやめてってば!」
帰路の異なる友人達と別れた後、方向の同じ友人と帰り道を歩いていた綾袮は、友人から突然二枚のチケットを差し出されて、首を傾げた。
「え、なに?」
「ごめんなさい! 綾袮がイヤな思いしなきゃならなかったのって、半ば強引に私が綾袮を連れ出したからよね? 本当はね、今日の集まりって、綾袮に話しかけてた子が綾袮のこと知ってて……。
中学の知り合いを伝手にして、無理やり頼み込まれてたのよ。綾袮のこと、紹介して欲しいって。仲介役に入ってたのが中学のときの部活の先輩だったから、断わるわけにもいかなくて」
思わぬ裏事情に綾袮は呆けた。幼稚舎からの長い付き合いの友人は続ける。
「それでね、綾袮、さっき、lamiaのこと見てたでしょ?」
「らみあ?」
聞き返した綾袮に、友人が呆れたように肩を落とす。
「音楽トリップの悪癖の持ち主の割には、相変わらず世間の流行りに疎いんだから! 今の女子中高生の間で、lamiaの名前を出されても解らないなんて、遅れてるどころじゃないわよ?」
「そんなこと言われたって……。あ、さっきのテレビの?」
綾袮の言葉に、我が意を得たりとばかりに友人が肯く。
「私、実は随分前からのlamiaのファンなの。で、これはライブチケット。これ、本当は凄く希少なのよ? 手に入れるの、ホント大変なんだから!! 普通に手に入れようと思えばね。
でも、思いがけぬラッキーがあって、こないだ知り合いから二枚もらっちゃったの。よかったら、一緒に行かない? lamiaのほんとの魅力ってね、実際にステージを見てみる方が早いと思う」
「え、でも、希少なものなんでしょ? わたしがもらっちゃってもいいものなの?」
綾袮の言葉に友人がニッコリと笑う。
「いいの! これはお詫びも兼ねてるし、なにより、綾袮がlamiaの歌が気になってるなら、絶対に後悔しない子だって思うから」
洒落たビル街の中に佇むそれなりに有名で大きなライブ会場は、開場の三時間前には、既に巷で話題の『吸血鬼』の姿を一目見ようと押しかけるファンの群れで覆い尽くされていた。
と言っても、lamiaのチケットは基本的にチケットを買う際に座席指定があるので、群れを成してそんな時間から押しかける必要などは無いはずなのだが……。
「今の人間の女の子の考える事って、ほんとによく解んないね。あ、男の子も混じってるみたいだから、今の人間って言う方が正しいのかな? ホンキで僕達に血を吸われるとか考えないんだろうな。
あ、それとも、十字架常備で来てるのかな? 銀の弾丸とか短剣っていうのは、流石に時代遅れって印象受けるよねぇ。その前に、この国は今は銃や剣は禁止だっけ?」
「ステージ前から冷めきった発言で恐ろしい台詞吐いてんじゃねぇよ!」
横から入れられた言葉に、翡翠の瞳の少年は、オレンジブラウンの髪を持つ青年に視線を向ける。
「そう? あの子がこんなの見たら、抑えきれないって顔して、愉しそうに笑うんだろうにな……」
「ここんとこの慣れない生活に、振り回されて疲れてんのは解ったから、そろそろルヴィスになってくれ」
心配そうな声を出す従兄弟の青年に、シルバーグレーの髪に一筋の小さな飾り紐を結い付け、翡翠の瞳を細めて少年は微笑んだ。
「解ってるよ、ちょっとごねてみたかっただけなんだ。こんなに女の子がいる中で、なんであの子はいないんだって……。さぁ、エディル、今宵も『闇の王の眷属、誇り高き夜の貴族』の宴の始まりだ。
ぼくは語ろう。老いることも許されない不死の定めを持つ者の、孤独と哀しみについて!! ルヴィスとエディルの置いて逝かれた恋人への切ない痛みのメロディ、とくとご賞味あれ」
おどけた仕草で芝居がかった口調を演じる、ルイスエンド・ルヴィスの仮面を被ったヴィルフリートに、エイスエルド・エディルの仮面を被り、ウィリアムも応じる。
「宴の始まりだ」
シエルリーデが寝台から起き上がる力すら完全に失くしてしまった朝、ヴィルフリートとウィリアムの介助で何とかクッションにもたれ、少しの会話だけを楽しんだ後、うつらうつらと船を漕ぎ出したシエルリーデに、ヴィルフリートの心は完全に砕けかかってしまった。
シエルリーデを部屋に残したまま、ヴィルフリートはふらりとその姿を眩ませた。シエルリーデと暮らす城の建つ森の中の秘密の広場。二人が初めて出逢った場所で、シエルリーデがヴィルフリートの手を取った場所。二人で共に永遠を誓い合った場所だった。
寝台から起き上がる力すら完全に失って、ヴィルフリートとウィリアムの介助を必要とし、少し、ほんの少しの会話にも疲れてしまったように眠り込んだシエルリーデの姿。
ヴィルフリートの哀しみと心はもう限界だったのだ。朝に別れたクッションにもたれて眠るシエルリーデは、もうそのまま目を覚まさない。そんな気がした。
怖かった。独りきりでまた悠久のときに取り残されるなど、シエルリーデと幸せに過ごした年月を知ってしまったヴィルフリートに、もう耐えられるとは思えなかった。
エルフリッドが訪れてからの数カ月の内に、誰にも気付かれぬようにと細心の注意を払って取り寄せていた、ヴァンパイアハンターが扱う銀の弾丸が込められた短銃。
自らの心臓に銃口を当て、引き金に手を掛けたヴィルフリートの手を、乱暴な仕草で払いのけたのは、ウィリアムだった。息を切らして馬鹿野郎と叫んだウィリアムの後ろ、いつの間に訪れていたのか……。
エルフリッドの押す車椅子に乗せられたシエルリーデが、いつもの穏やかな微笑みを、優しい笑顔を消して、出逢った頃の独りぼっちの子どもの表情で、声もあげずに、ただ、静かに泣いていた。
―――約束を守れなくなったのは私だけれど、貴方は簡単に引き金を引いて、そうして私のことなど振り向きもしないで逝こうとしてしまうのね。
静かなシエルリーデの言葉に、ヴィルフリートは地面に崩れ落ちた。ヴィルフリートの取った行為は、全てを捨てヴィルフリートの手を取ってくれたシエルリーデへの、完全な裏切り行為だった…………。
静かに泣き続けるシエルリーデと、地面に崩れ落ちたまま涙を零すことしか出来ないヴィルフリート、そんな二人を前にしながら何も出来ない己の無力さに拳を握り締めるしかないウィリアム。
その場で言葉を紡いだのは、エルフリッドだった。二十年は前になるだろう話になる。妹の身体に起こり得ているかもしれない異変に気付いた祖母が、診療所を息子夫妻に明け渡し、それから必死になって調べていたことがある。それは、人の輪廻について。
当時のヴィルフリート達の人間社会では、人は死すと善なる者は天に上げられ、悪に染まった者は地獄へ落ちるという教えが一般的だった。けれど、そんな中に、偶に生まれ落ちる話がある。
それは、初めて訪れるはずの場所の事細かな風景や、ちょっとした秘密を知っていたり、小さな子どもが、初めて逢うはずの人間に対して、その子どもが知り得るはずがないようなことを喋り出したり……。
そうして、そういった子ども達や人々は決まって口にするのだ。ここに生まれて来る前に、訪れたのだ、と。今の命を受ける以前に、出逢ったことがあるのだ、と。自分は生まれ変わって来たのだと。
ルーシアはそういった話の起こり得た場所へと出来得る限り足を運び、その人々から直接話を聞いて必死に書き集めた。そうして、遺書の最後に書き残した。
――――何年も何年も輪廻を調べ、人々の話を聞いて回ったあたしの結論を、どうか信じて欲しい。人は生まれ変わる。それがあたしの出した結論。
もしも妹の身体が、あたしの想い描いた最悪の異変をきたしているなら、どうか、信じて欲しい。妹は今は『死』を受け入れることしか許されないかもしれない。けれど、人は生まれ変わる。
あたしのリーデは、貴方のリーデは、例え今は眠りに向かっていても、それは決して永遠などではないと。貴方の許へと必ず生まれ変わってくると。
何も根拠のないことだと思わないで。今生(こんじょう)より以前の記憶を持つ人々が確かに存在するのだから。シエルリーデは必ずもう一度生まれて来る。
どれだけの時間を要したとしても、貴方に再び回り逢うために、必ずもう一度生まれて来ると、どうか信じてやって欲しい。どうか、どうか……。
エルフリッドが読み上げたルーシアの最後の言葉に、シエルリーデが車椅子から立ち上がった。車椅子の手すりにしがみつき、もう、寝台から起き上がることすら困難だったはずの身体を引き摺って、ヴィルフリートの前まで這いずり歩き…………。崩れ落ちたままのヴィルフリートの手を取って、小さく囁いた。
『……生まれて来る。絶対に生まれ変わって来る。貴方を独りにしたままでは逝かない。貴方に誓って、生まれて来る。今度こそ、約束を守るために生まれて来る』
涙の滲んだ小さな誓い。否、祈りにも近いような、不確かな……。けれど、そこには確かに、シエルリーデの強い決意が込められていた。
だから、ヴィルフリートは小指を交わした。零れ落ちる雫は止められないまま、それでもシエルリーデが差し出した小さな手に小指を重ねた。
『生まれて来て。今の君には眠りの道しか残されていないなら、もう一度生まれて来て。絶対に生まれて来て。君の言葉を信じて僕は待ってるから』
―――――シエルリーデが永い眠りに就いたのは、それから数えて七日後のことだった。シエルリーデが愛した城の中庭の小さなカフェテラス。
リーデがいつも手製の焼き菓子を披露してくれたテーブルを彫り上げて墓標とした。ヴィルフリートが道楽で育てた薔薇の花も、墓標の中に閉じ込めた。墓標の横には、リーデがいつも腰掛けた椅子を飾って。
墓標には『シエルリーデ・セントカティルナ・レ・フォン・ラインフェルド。暫しの眠りに就く』と、刻み込んだ……。
後書き
作者:未彩 |
投稿日:2015/11/18 22:19 更新日:2015/11/18 22:19 『永遠の終わりを待ち続けてる』の著作権は、すべて作者 未彩様に属します。 |
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