作品ID:1591
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永遠の終わりを待ち続けてる
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
そこにあるもの
前の話 | 目次 | 次の話 |
洒落たビル街に佇むライブ会場で、友人と待ち合わせていた綾袮は、合流するなり首根っこを引っ掴まれて、人目のない場所まで移動した途端、思い切り大きな声で叱られた。
「お馬鹿っ!! どこをどうしたらその服装なのよ!? 私、言ったわよね? 『みんな、結構な衣装のこだわり持って来るから、浮かないような服装でね。あ、勿論だけど、制服なんて以ての外よ?』って」
これでも随分と悩んで選んだつもりの服装で、張り切って製作した衣装だったのに、いきなり容赦なく叱り飛ばされて、綾袮は涙目で訴える。
「だ、だって、識婁(しう)ちゃんに言われてたから、これ、ちゃんと下調べしてきたのよ? lamiaの二人って、『吸血鬼』なんでしょう? だったら……」
「だったらじゃない!! そこでどうして発想が、修道服みたいなカッコになるのよ? しかも何、その胸から下げてるロザリオと妙な小瓶、腰にベルトで巻き付けてる、警察真っ青の物騒な代物は!?」
識婁の勢いにタジタジになりながらも、綾袮は一応訴えてみる。
「修道服じゃないもの。これ、一応はヴァンパイアハンターの恰好だもの。中世の服装とか職業とか調べて、三日もかけて手作りしたのに……。
ヴァンパイアのところに乗り込むんだから、ロザリオと聖水と銀の短剣は必需品でしょう? ロザリオは学校でもらったものが有ったし、聖水はちょっとだけ教会で祝福してもらって……。
でも、流石に本物の銀の短剣っていうのは危ない人に見られるかなって思ったから、コスプレイヤーさん御用達らしいネットのお店で買ったのに……」
綾袮の言葉で識婁はますますお手上げだというように面を仰いだ。
「ああ、忘れてたのがいけなかったわ。どれだけ綾袮が音楽狂いでも、普段の綾袮は、優等生の代名詞みたいな性格してるってこと。」
ウエストラインから切り替えの入れた真っ白なワンピースは、切り替え部分からふんわりとフレアに広がるミディアム丈の長さのスカート。
白を基調として作られたタートルネックのワンピースは、セーラーカラ―の襟がデザインされ、セーラーカラ―と袖口だけを黒の生地で合わせ、袖元には銀色のカフスボタンをあしらっている。
腰元でクロスさせた皮のベルトには、識婁と綾袮の言葉通りに精巧に作られた飾りの短剣が差し込まれ、白いワンピースの胸元には、眩く輝く学校支給のロザリオ。
「あ~、もう!! こんなことになるんじゃないかと予想しといて正解って言うのが悲しいわよ。綾袮、貴女、そのカッコでライブに現れたらただじゃ済まないわよ。
ライブ会場のある地下に、人目につかない通路が有るの。まさかとは思いながらだったけど、綾袮の分の衣装、私が用意してきてるから……。ライブ前にちゃっちゃっと着替えちゃいなさい!」
識婁の言葉に、綾袮は項垂れ、小さくごめんなさいと呟いた。
「うぅ、識婁ちゃん、これで大丈夫?」
識婁に連れられライブ会場の地下通路の奥、詩依の持参した衣装に着替えた綾袮は、自信なさげに詩依の前に現れた。識婁が綾袮に指示した場所は通路の本当に奥にある小さな部屋。
識婁が用意していてくれていた衣装は、フリルとレースをふんだんに用いたワンピース。綾袮が先程まで身を包んでいた真っ白なワンピースとは対照的に、黒を基調とした漆黒のワンピースだ。
けれど、着替えて現れた綾袮の姿を見て、何故なのか、識婁は大きく頭を抱えた。頭痛の種が収まらないと言わんばかりに綾袮の胸元を指し、識婁が指摘する。
「で? その胸元のロザリオはなに?」
「だ、だって、これぐらいは許してよ。なんか、心許ないんだもの……」
綾袮の言葉に識婁は小さな溜息を吐いて、仕方がないといったように肯いた。
「まぁ、これが本物のロザリオだなんて、一般の人々は解らないでしょうから。良しとしておくわ」
舞台上に現れた少年と青年。シルバーグレーの髪と翡翠の瞳の少年と、オレンジブラウンの髪とキャラメル色の瞳を持つ青年。二人の姿を見て、綾袮は心臓の何処かが壊れそうに打ち鳴らされる感覚を覚えた。
舞台の上の二人は、カーテンの脇から現れると、客席の観衆に視線を向け、舞台上で二人の会話を繰り広げ出す。悠久のときを生きる定めを課せられた者の哀しみと孤独、そして、人間について……。
『ご覧よ、エディル。今日もまた随分と大勢の観衆が集まったものだね。人間というのはホントに解らないと、ぼくにはそう見えて仕方がない』
舞台の上、ルヴィスの言葉にエディルが続ける。
『それでもルヴィス、お前の逝ってしまったあの子とて、人間だった。だからこそ、お前も俺も、今ここで、こうしているんだろう?』
エディルの言葉にルヴィスが鮮やかな笑みを浮かべる。
『さて、ね。さぁ、無駄口はこのくらいにしておこうよ』
『そうだな』
ルヴィスとエディルはそれまでの小さめの声で響かせた会話を一転させ、会場内に響き渡るように、大きな、けれど、どこか静けさを感じさせる声を張り上げた。
『お集まりの紳士・淑女達、老いることも無き不死の定めを課せられし、孤高の闇の眷属の、哀しみと悲しみのステージを、とくとご覧あれ!! 置いて逝かれる定めを背負いし者の哀しみと孤独の声を!!』
ルヴィスとエディルが声を合わせて高らかに宣言し、ルヴィスはピアノの椅子に、エディルはそのピアノの少し前に出るようにしてヴァイオリンが掲げられた場所に。そして、ステージの本当の幕が上がる。
エディルが奏でるヴァイオリンの音色に合わせ、ルヴィスのピアノの音色が響き始める。やがて、ルヴィスが自身のピアノとエディルのヴァイオリンのメロディーに合わせて歌を紡ぎ出した。
――――永遠という定めを生きるボク達、老いることも無く、死せることも無く。そんなボク達の永久の命を羨ましいとキミ達は言う。
けれど知っているかい? 置いて逝かれる者の哀しみをキミはホントに知っているのか。
永遠を誓った愛しい子に置いて逝かれる定めに涙を流し、けれど神の定めに抗う術を持つことも無く、全てが何もかも色褪せてく……。
あの子が再び生まれて来るその日だけを一琉の望みに、数えきれない月日をただ孤独に生きてきた。
零れ落ちてゆく砂時計、流れてゆくのは時間の砂か人の想いか、それはもうボクに解らないこと。
零れた砂の雫が指差したのは、帰れない場所。誓い合って小指を交わした永遠に、疑いを持つことも無くて、幸せに笑いあった遠い遥かな季節の場面…………。
ステージが終わって、いつもの余興を済ませ、観客達がチラホラと会場出口へと足を向け始めるのを、いつものように舞台の上から二人で見送る。『取り残されてゆく不死なる孤独な夜の貴族』として。
ウィリアムが一人の少女の存在に気付いたのはそんな中だった。レースとフリルがあしらわれた漆黒のワンピースに、何故なのかは知らないが十字架を胸元に下げた一人の少女。
『虚構のヴァンパイア』の観衆である普通の人々は気付かなかったのかもしれないが、ウィリアムとヴィルフリートは本物のヴァンパイアだ。十字架は身近な脅威の象徴でもあった。
だから、少女が身に付けているものが、いわゆるロザリオと呼ばれる、教会での礼拝や祈りに使われる本物の十字架であると直ぐに解った。しかし、ウィリアムが興味を引かれたのは、ロザリオではない。
ロザリオを胸元に掲げた少女は、泣いていた。ただ、真っ直ぐに舞台の上を見ながら。否、舞台上のヴィルフリートを見つめながら……。
長く美しいストレートの黒髪に、この国の人間としては色素の薄い瞳、パッと見たところ、十五歳から十六歳前後のとても綺麗な女の子だった。
「ちょっ、も~!! いきなりポロポロ泣き出すんだもの。焦っちゃうじゃない!」
識婁の言葉に、綾袮は目元をごしごしと擦りながら、ごめんね、と呟いた。
「いいけどね。でも言ったでしょ? lamiaの魅力はホントのステージを見てみるべきだって」
綾袮は肯く。
「うん。連れて来てもらって有難う。わたしね、lamiaっていう二人のホントの歌声を知らないままだったら、とってもとっても後悔してた。そんな気がする」
綾袮の言葉に識婁が笑った。
「綾袮は絶対に後悔しないって言ったでしょ? けど、とりあえずは帰りましょっか。これ以上遅い時間帯に、こんな場所をふらついてるなんて、危ないしね」
「あ、そうね。学校にばれても大変だし……。そうだ! 忘れてたけど、着替えどうしよう? 服装変わってるの、おかしくない? 学校の子と保護者同伴でお食事に行くって出てきたんだもの」
綾袮の言葉に、識婁が眉を寄せた。
「あ~、そっか。人目が落ち着くのを待って、取りに行くしかないでしょうね。まぁ、仕方がないわよ。付き合ってあげるから、ちゃちゃっと着替え済ませちゃいなさい」
「ありがと」
ライブ会場の出口から殆んどの人々が出てゆくのを見送り確認して、綾袮は識婁と共にライブ会場の地下通路の奥へと足を進めた。通路の奥、物置部屋と化している小さな部屋の扉を開ける。
綾袮が家から着てきた衣装を、こっそり隠しておいた場所から取り出し、識婁が用意してくれていた衣装から物置の影に隠れて着替え直す。
漆黒のワンピースから白いワンピース、識婁に言わせるところの修道服で、綾袮の主張するところのヴァンパイアハンターの衣装に着替え終えた綾袮は、扉の付近で綾袮の着替えを待っていてくれる識婁に声をかけようとして、外から聞こえてきた声に固まった。それは、識婁も同じだったらしい。
「お前、いいかげんにしておけ。いくら肉や魚で誤魔化してたって、俺達は疑いようなくヴァンパイアだ。吸血衝動を無理やりに抑え込めば、身体が持たないって何度言わせる!?
お前が他の人間の血を意地でも口にしないと決めてるのは知ってるけどな、だからこそ、俺は常々言ってるよな? 『無理だと感じたら直ぐに俺に言え』って!!」
叱り飛ばすような青年の声に、少年の声が続く。
「ああ、ちょっと今は説教は勘弁して……。頭がぐらついて仕方がないんだ、息が苦しくて仕方ない……」
少年の声は本当に弱りきっていて、普通の人間ならば病院へ連れていく判断を下すレベルのものだ。
「こんな場所なら誰も来ないだろ。一応、立ち入り禁止の場所だしな」
青年の声と共に、扉が開かれて綾袮は咄嗟に物置の影にと再び姿を隠した。外から聞こえていた声に、識婁もヤバいかもしれないと感じていたのだろう。いつの間にか綾袮の横で身を屈めて息を顰めている。
綾袮が咄嗟に物置の影に隠れたのも、識婁が綾袮に倣ったのも、外から響いた声が指摘していた通り、この場所が本来は立ち入り禁止の区域であること。
そして……扉の外から響いてきた声が、先程までステージ上にいたはずのlamiaの二人の声に聞こえたからである。綾袮と識婁は幼稚舎からの付き合いで、同じピアノ教室に通っていた時期もある。
人の声を聞き分けるのは、綾袮や識婁にとって得意分野に入るものなのだ。扉が開き、綾袮の予想通りというべきか、翡翠の瞳の少年と、オレンジブラウンの髪を瞳と同じリボンで束ねた青年。
lamiaの二人は、息を顰めて身を縮めた綾袮と詩依には気付かなかったようで、二人の会話を続ける。
「誰もいないな? ルヴィ、今の内に」
「悪い、エディ」
丁度死角に当たる物置の影に隠れる形になっていたから、lamiaの二人からは綾袮と識婁の姿は映らなかったのだろう。けれど、綾袮達の位置からはlamiaの二人の様子も声も聞こえていたし、見えていた。
翡翠の瞳の少年は、自分を支えるように腕を出していたキャラメル色の瞳を持つ青年のその腕に、おもむろに噛み付いた。翡翠の瞳が色を変える。真っ赤な紅の瞳へと……。
そんな少年の様子に驚くこともたじろぐ様子も一切なく、青年は少年のするままに、腕を差し出していて……。青年の腕に噛み付く少年の口元に、緋色の雫が一筋伝って落ちる。
有り得ない光景に唖然とした。綾袮の隣で、識婁が口元を押さえていた。綾袮だって、あまりに有り得ないはずの光景に衝撃を受けていたのだけれど、けれど、どこかで誰かが囁く声を聞いた。
――――ワタシハシセイニイキルイッパンノヒトビトヲマモラナケレバ。
気付けば綾袮は、よく解らない声の促すままに、綾袮の隣で口元を押さえる識婁に向かって、声を出さずに口元の形とジェスチャーで話しかけた。
『出て来てはいけない。何があろうと決して出て来てはいけない』
綾袮の突然のジェスチャーに困惑した様子の識婁をその場に残し、綾袮は飛び出した。突然物陰から飛び出してきた少女に、lamiaの二人が身を固くした。
綾袮は物置部屋に散乱する段ボールや棚の間を飛び潜り、lamiaの二人から少し距離を取った位置に立つ。二人と対峙するように。
「いつの間に人がいたんだかはしれないけれど、ここは立ち入り禁止の区域だ。要らぬものを見たみたいだな、お嬢ちゃん?」
「一つ、貴方達に問うわ。貴方達二人は、市井に生きる人々に害を加え、仇成すつもりが有るのかしら?」
青年の冷え切った声に怯えることも無く、先程の光景にもたじろぐことなく、逆に冷静な口調で質問を繰り出した綾袮の態度に、青年と少年は眉を寄せた。
「へぇ、今の光景を見て僕らが怖くないのかい? 現代の子ってところなのかな、面白い子だね。けれど、そんなことを訊いてどうしたい?」
瞳を赤く染めたままの少年が、挑戦的に綾袮に視線を向ける。
「訊いているのはこちらよ、ヴァンパイアの御二人さん。貴方達が人々に仇成すつもりがないのであれば、わたしは何も見なかったことにしてさしあげる。けれど、人々に害を成すならば放置してはおけない。
セントカティルナの名の下に、貴方達の心臓に杭を打ち立てる。さぁ、どうなのかしら? 答えては頂けない? わたしは人々に害成すこともない方々の心臓に、短剣を突き立てたいとは考えないのよ?」
綾袮の言葉に、少年と青年が瞳の色を変えた。
「……セント……カティ……ル……ナ……? …………それに、その口調……」
「…………そうだ、きみはさっき泣いていた。ヴィルフリートを見て、泣いていた!!」
綾袮には解らない言葉を続ける二人に、綾袮は眉を寄せた。
「何を言っていらっしゃるのかが解らないわ。わたしの質問にはお答え頂けないのかしら?」
綾袮の言葉に、少年の瞳が翡翠の色を取り戻してゆく。翡翠の色を取り戻した瞳から静かに雫を零し、少年が地面に小さな水溜まりを作った。とてもとても傷付いた色を宿した瞳で。
「ああ、キミは……。キミはもう僕が判らないんだね……。ああ、こんな、こんなことがっ!! 僕は君を待ち続けて、君の言葉を待ち続けてきたのに……。なのにキミは僕を知らない!!」
崩れ落ちるようにして泣き叫んだ少年の姿に、綾袮の中で誰かが再び囁いた。さっきと同じ、けれど、全く違う彩を含んだ声が…………。
――――傷付けないで。お願いだから、もうこれ以上、傷付けないで。優しくて弱いあの人を。
「きみの名前は?」
自分の中で囁かれた声に戸惑う綾袮に、追い打ちをかけるように唐突な質問を浴びせられて、綾袮は困惑した。綾袮に静かな質問を投げかけたのは、少年に血を提供していた青年だ。
「……綾袮(あみ)。千年(ちとせ)綾袮(あみ)。それがわたしの名前」
綾袮の応えに青年は微笑んだ。
「そう……。綾袮、それが今のきみの名前。ごめんね、綾袮。けれど一つだけ恨みごとを聴いてやってよ。
俺達は…………、俺の従兄弟は、この数百年を気が狂いそうなほどに君に焦がれながら、それでも君の言葉だけを信じてきたんだ。なのに、君は俺達を、俺の従兄弟のことを忘れてしまえたんだね」
青年の言葉には確かな哀しみと静かな怨嗟の含みが込められていた。
「お馬鹿っ!! どこをどうしたらその服装なのよ!? 私、言ったわよね? 『みんな、結構な衣装のこだわり持って来るから、浮かないような服装でね。あ、勿論だけど、制服なんて以ての外よ?』って」
これでも随分と悩んで選んだつもりの服装で、張り切って製作した衣装だったのに、いきなり容赦なく叱り飛ばされて、綾袮は涙目で訴える。
「だ、だって、識婁(しう)ちゃんに言われてたから、これ、ちゃんと下調べしてきたのよ? lamiaの二人って、『吸血鬼』なんでしょう? だったら……」
「だったらじゃない!! そこでどうして発想が、修道服みたいなカッコになるのよ? しかも何、その胸から下げてるロザリオと妙な小瓶、腰にベルトで巻き付けてる、警察真っ青の物騒な代物は!?」
識婁の勢いにタジタジになりながらも、綾袮は一応訴えてみる。
「修道服じゃないもの。これ、一応はヴァンパイアハンターの恰好だもの。中世の服装とか職業とか調べて、三日もかけて手作りしたのに……。
ヴァンパイアのところに乗り込むんだから、ロザリオと聖水と銀の短剣は必需品でしょう? ロザリオは学校でもらったものが有ったし、聖水はちょっとだけ教会で祝福してもらって……。
でも、流石に本物の銀の短剣っていうのは危ない人に見られるかなって思ったから、コスプレイヤーさん御用達らしいネットのお店で買ったのに……」
綾袮の言葉で識婁はますますお手上げだというように面を仰いだ。
「ああ、忘れてたのがいけなかったわ。どれだけ綾袮が音楽狂いでも、普段の綾袮は、優等生の代名詞みたいな性格してるってこと。」
ウエストラインから切り替えの入れた真っ白なワンピースは、切り替え部分からふんわりとフレアに広がるミディアム丈の長さのスカート。
白を基調として作られたタートルネックのワンピースは、セーラーカラ―の襟がデザインされ、セーラーカラ―と袖口だけを黒の生地で合わせ、袖元には銀色のカフスボタンをあしらっている。
腰元でクロスさせた皮のベルトには、識婁と綾袮の言葉通りに精巧に作られた飾りの短剣が差し込まれ、白いワンピースの胸元には、眩く輝く学校支給のロザリオ。
「あ~、もう!! こんなことになるんじゃないかと予想しといて正解って言うのが悲しいわよ。綾袮、貴女、そのカッコでライブに現れたらただじゃ済まないわよ。
ライブ会場のある地下に、人目につかない通路が有るの。まさかとは思いながらだったけど、綾袮の分の衣装、私が用意してきてるから……。ライブ前にちゃっちゃっと着替えちゃいなさい!」
識婁の言葉に、綾袮は項垂れ、小さくごめんなさいと呟いた。
「うぅ、識婁ちゃん、これで大丈夫?」
識婁に連れられライブ会場の地下通路の奥、詩依の持参した衣装に着替えた綾袮は、自信なさげに詩依の前に現れた。識婁が綾袮に指示した場所は通路の本当に奥にある小さな部屋。
識婁が用意していてくれていた衣装は、フリルとレースをふんだんに用いたワンピース。綾袮が先程まで身を包んでいた真っ白なワンピースとは対照的に、黒を基調とした漆黒のワンピースだ。
けれど、着替えて現れた綾袮の姿を見て、何故なのか、識婁は大きく頭を抱えた。頭痛の種が収まらないと言わんばかりに綾袮の胸元を指し、識婁が指摘する。
「で? その胸元のロザリオはなに?」
「だ、だって、これぐらいは許してよ。なんか、心許ないんだもの……」
綾袮の言葉に識婁は小さな溜息を吐いて、仕方がないといったように肯いた。
「まぁ、これが本物のロザリオだなんて、一般の人々は解らないでしょうから。良しとしておくわ」
舞台上に現れた少年と青年。シルバーグレーの髪と翡翠の瞳の少年と、オレンジブラウンの髪とキャラメル色の瞳を持つ青年。二人の姿を見て、綾袮は心臓の何処かが壊れそうに打ち鳴らされる感覚を覚えた。
舞台の上の二人は、カーテンの脇から現れると、客席の観衆に視線を向け、舞台上で二人の会話を繰り広げ出す。悠久のときを生きる定めを課せられた者の哀しみと孤独、そして、人間について……。
『ご覧よ、エディル。今日もまた随分と大勢の観衆が集まったものだね。人間というのはホントに解らないと、ぼくにはそう見えて仕方がない』
舞台の上、ルヴィスの言葉にエディルが続ける。
『それでもルヴィス、お前の逝ってしまったあの子とて、人間だった。だからこそ、お前も俺も、今ここで、こうしているんだろう?』
エディルの言葉にルヴィスが鮮やかな笑みを浮かべる。
『さて、ね。さぁ、無駄口はこのくらいにしておこうよ』
『そうだな』
ルヴィスとエディルはそれまでの小さめの声で響かせた会話を一転させ、会場内に響き渡るように、大きな、けれど、どこか静けさを感じさせる声を張り上げた。
『お集まりの紳士・淑女達、老いることも無き不死の定めを課せられし、孤高の闇の眷属の、哀しみと悲しみのステージを、とくとご覧あれ!! 置いて逝かれる定めを背負いし者の哀しみと孤独の声を!!』
ルヴィスとエディルが声を合わせて高らかに宣言し、ルヴィスはピアノの椅子に、エディルはそのピアノの少し前に出るようにしてヴァイオリンが掲げられた場所に。そして、ステージの本当の幕が上がる。
エディルが奏でるヴァイオリンの音色に合わせ、ルヴィスのピアノの音色が響き始める。やがて、ルヴィスが自身のピアノとエディルのヴァイオリンのメロディーに合わせて歌を紡ぎ出した。
――――永遠という定めを生きるボク達、老いることも無く、死せることも無く。そんなボク達の永久の命を羨ましいとキミ達は言う。
けれど知っているかい? 置いて逝かれる者の哀しみをキミはホントに知っているのか。
永遠を誓った愛しい子に置いて逝かれる定めに涙を流し、けれど神の定めに抗う術を持つことも無く、全てが何もかも色褪せてく……。
あの子が再び生まれて来るその日だけを一琉の望みに、数えきれない月日をただ孤独に生きてきた。
零れ落ちてゆく砂時計、流れてゆくのは時間の砂か人の想いか、それはもうボクに解らないこと。
零れた砂の雫が指差したのは、帰れない場所。誓い合って小指を交わした永遠に、疑いを持つことも無くて、幸せに笑いあった遠い遥かな季節の場面…………。
ステージが終わって、いつもの余興を済ませ、観客達がチラホラと会場出口へと足を向け始めるのを、いつものように舞台の上から二人で見送る。『取り残されてゆく不死なる孤独な夜の貴族』として。
ウィリアムが一人の少女の存在に気付いたのはそんな中だった。レースとフリルがあしらわれた漆黒のワンピースに、何故なのかは知らないが十字架を胸元に下げた一人の少女。
『虚構のヴァンパイア』の観衆である普通の人々は気付かなかったのかもしれないが、ウィリアムとヴィルフリートは本物のヴァンパイアだ。十字架は身近な脅威の象徴でもあった。
だから、少女が身に付けているものが、いわゆるロザリオと呼ばれる、教会での礼拝や祈りに使われる本物の十字架であると直ぐに解った。しかし、ウィリアムが興味を引かれたのは、ロザリオではない。
ロザリオを胸元に掲げた少女は、泣いていた。ただ、真っ直ぐに舞台の上を見ながら。否、舞台上のヴィルフリートを見つめながら……。
長く美しいストレートの黒髪に、この国の人間としては色素の薄い瞳、パッと見たところ、十五歳から十六歳前後のとても綺麗な女の子だった。
「ちょっ、も~!! いきなりポロポロ泣き出すんだもの。焦っちゃうじゃない!」
識婁の言葉に、綾袮は目元をごしごしと擦りながら、ごめんね、と呟いた。
「いいけどね。でも言ったでしょ? lamiaの魅力はホントのステージを見てみるべきだって」
綾袮は肯く。
「うん。連れて来てもらって有難う。わたしね、lamiaっていう二人のホントの歌声を知らないままだったら、とってもとっても後悔してた。そんな気がする」
綾袮の言葉に識婁が笑った。
「綾袮は絶対に後悔しないって言ったでしょ? けど、とりあえずは帰りましょっか。これ以上遅い時間帯に、こんな場所をふらついてるなんて、危ないしね」
「あ、そうね。学校にばれても大変だし……。そうだ! 忘れてたけど、着替えどうしよう? 服装変わってるの、おかしくない? 学校の子と保護者同伴でお食事に行くって出てきたんだもの」
綾袮の言葉に、識婁が眉を寄せた。
「あ~、そっか。人目が落ち着くのを待って、取りに行くしかないでしょうね。まぁ、仕方がないわよ。付き合ってあげるから、ちゃちゃっと着替え済ませちゃいなさい」
「ありがと」
ライブ会場の出口から殆んどの人々が出てゆくのを見送り確認して、綾袮は識婁と共にライブ会場の地下通路の奥へと足を進めた。通路の奥、物置部屋と化している小さな部屋の扉を開ける。
綾袮が家から着てきた衣装を、こっそり隠しておいた場所から取り出し、識婁が用意してくれていた衣装から物置の影に隠れて着替え直す。
漆黒のワンピースから白いワンピース、識婁に言わせるところの修道服で、綾袮の主張するところのヴァンパイアハンターの衣装に着替え終えた綾袮は、扉の付近で綾袮の着替えを待っていてくれる識婁に声をかけようとして、外から聞こえてきた声に固まった。それは、識婁も同じだったらしい。
「お前、いいかげんにしておけ。いくら肉や魚で誤魔化してたって、俺達は疑いようなくヴァンパイアだ。吸血衝動を無理やりに抑え込めば、身体が持たないって何度言わせる!?
お前が他の人間の血を意地でも口にしないと決めてるのは知ってるけどな、だからこそ、俺は常々言ってるよな? 『無理だと感じたら直ぐに俺に言え』って!!」
叱り飛ばすような青年の声に、少年の声が続く。
「ああ、ちょっと今は説教は勘弁して……。頭がぐらついて仕方がないんだ、息が苦しくて仕方ない……」
少年の声は本当に弱りきっていて、普通の人間ならば病院へ連れていく判断を下すレベルのものだ。
「こんな場所なら誰も来ないだろ。一応、立ち入り禁止の場所だしな」
青年の声と共に、扉が開かれて綾袮は咄嗟に物置の影にと再び姿を隠した。外から聞こえていた声に、識婁もヤバいかもしれないと感じていたのだろう。いつの間にか綾袮の横で身を屈めて息を顰めている。
綾袮が咄嗟に物置の影に隠れたのも、識婁が綾袮に倣ったのも、外から響いた声が指摘していた通り、この場所が本来は立ち入り禁止の区域であること。
そして……扉の外から響いてきた声が、先程までステージ上にいたはずのlamiaの二人の声に聞こえたからである。綾袮と識婁は幼稚舎からの付き合いで、同じピアノ教室に通っていた時期もある。
人の声を聞き分けるのは、綾袮や識婁にとって得意分野に入るものなのだ。扉が開き、綾袮の予想通りというべきか、翡翠の瞳の少年と、オレンジブラウンの髪を瞳と同じリボンで束ねた青年。
lamiaの二人は、息を顰めて身を縮めた綾袮と詩依には気付かなかったようで、二人の会話を続ける。
「誰もいないな? ルヴィ、今の内に」
「悪い、エディ」
丁度死角に当たる物置の影に隠れる形になっていたから、lamiaの二人からは綾袮と識婁の姿は映らなかったのだろう。けれど、綾袮達の位置からはlamiaの二人の様子も声も聞こえていたし、見えていた。
翡翠の瞳の少年は、自分を支えるように腕を出していたキャラメル色の瞳を持つ青年のその腕に、おもむろに噛み付いた。翡翠の瞳が色を変える。真っ赤な紅の瞳へと……。
そんな少年の様子に驚くこともたじろぐ様子も一切なく、青年は少年のするままに、腕を差し出していて……。青年の腕に噛み付く少年の口元に、緋色の雫が一筋伝って落ちる。
有り得ない光景に唖然とした。綾袮の隣で、識婁が口元を押さえていた。綾袮だって、あまりに有り得ないはずの光景に衝撃を受けていたのだけれど、けれど、どこかで誰かが囁く声を聞いた。
――――ワタシハシセイニイキルイッパンノヒトビトヲマモラナケレバ。
気付けば綾袮は、よく解らない声の促すままに、綾袮の隣で口元を押さえる識婁に向かって、声を出さずに口元の形とジェスチャーで話しかけた。
『出て来てはいけない。何があろうと決して出て来てはいけない』
綾袮の突然のジェスチャーに困惑した様子の識婁をその場に残し、綾袮は飛び出した。突然物陰から飛び出してきた少女に、lamiaの二人が身を固くした。
綾袮は物置部屋に散乱する段ボールや棚の間を飛び潜り、lamiaの二人から少し距離を取った位置に立つ。二人と対峙するように。
「いつの間に人がいたんだかはしれないけれど、ここは立ち入り禁止の区域だ。要らぬものを見たみたいだな、お嬢ちゃん?」
「一つ、貴方達に問うわ。貴方達二人は、市井に生きる人々に害を加え、仇成すつもりが有るのかしら?」
青年の冷え切った声に怯えることも無く、先程の光景にもたじろぐことなく、逆に冷静な口調で質問を繰り出した綾袮の態度に、青年と少年は眉を寄せた。
「へぇ、今の光景を見て僕らが怖くないのかい? 現代の子ってところなのかな、面白い子だね。けれど、そんなことを訊いてどうしたい?」
瞳を赤く染めたままの少年が、挑戦的に綾袮に視線を向ける。
「訊いているのはこちらよ、ヴァンパイアの御二人さん。貴方達が人々に仇成すつもりがないのであれば、わたしは何も見なかったことにしてさしあげる。けれど、人々に害を成すならば放置してはおけない。
セントカティルナの名の下に、貴方達の心臓に杭を打ち立てる。さぁ、どうなのかしら? 答えては頂けない? わたしは人々に害成すこともない方々の心臓に、短剣を突き立てたいとは考えないのよ?」
綾袮の言葉に、少年と青年が瞳の色を変えた。
「……セント……カティ……ル……ナ……? …………それに、その口調……」
「…………そうだ、きみはさっき泣いていた。ヴィルフリートを見て、泣いていた!!」
綾袮には解らない言葉を続ける二人に、綾袮は眉を寄せた。
「何を言っていらっしゃるのかが解らないわ。わたしの質問にはお答え頂けないのかしら?」
綾袮の言葉に、少年の瞳が翡翠の色を取り戻してゆく。翡翠の色を取り戻した瞳から静かに雫を零し、少年が地面に小さな水溜まりを作った。とてもとても傷付いた色を宿した瞳で。
「ああ、キミは……。キミはもう僕が判らないんだね……。ああ、こんな、こんなことがっ!! 僕は君を待ち続けて、君の言葉を待ち続けてきたのに……。なのにキミは僕を知らない!!」
崩れ落ちるようにして泣き叫んだ少年の姿に、綾袮の中で誰かが再び囁いた。さっきと同じ、けれど、全く違う彩を含んだ声が…………。
――――傷付けないで。お願いだから、もうこれ以上、傷付けないで。優しくて弱いあの人を。
「きみの名前は?」
自分の中で囁かれた声に戸惑う綾袮に、追い打ちをかけるように唐突な質問を浴びせられて、綾袮は困惑した。綾袮に静かな質問を投げかけたのは、少年に血を提供していた青年だ。
「……綾袮(あみ)。千年(ちとせ)綾袮(あみ)。それがわたしの名前」
綾袮の応えに青年は微笑んだ。
「そう……。綾袮、それが今のきみの名前。ごめんね、綾袮。けれど一つだけ恨みごとを聴いてやってよ。
俺達は…………、俺の従兄弟は、この数百年を気が狂いそうなほどに君に焦がれながら、それでも君の言葉だけを信じてきたんだ。なのに、君は俺達を、俺の従兄弟のことを忘れてしまえたんだね」
青年の言葉には確かな哀しみと静かな怨嗟の含みが込められていた。
後書き
作者:未彩 |
投稿日:2015/11/18 22:24 更新日:2015/11/24 14:41 『永遠の終わりを待ち続けてる』の著作権は、すべて作者 未彩様に属します。 |
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