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永遠の終わりを待ち続けてる
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
もしも何処かで……は、もう見れない夢
前の話 | 目次 | 次の話 |
「お別れのキスを、許してはくれる? 僕のことを忘れて生きてもらうための最後のキスを。僕の昔の恋人として、君の昔の恋人として」
ヴィルフリートの言葉に、シエルリーデは微笑んだ。
「そうね、永遠を誓い合う儀式と同じように、お別れの儀式だって必要だわ。さよならを誓う儀式なんて、普通の人が聞いたら驚くでしょうけどね。私達には必要なものだと思うわ」
そこまでずっと黙っていたウィリアムも口を挟んだ。
「俺からもいいかな? 勿論、俺のは昔の妹みたいな女の子に対しての」
シエルリーデは微笑んで肯く。
「ええ勿論。昔にしてくださったように、頭を撫でて頂いてもいい? とても好きだったのよ、ウィルのその仕草。ヴィリーと喧嘩して泣いてる度に、いつも優しく撫でてくれたでしょう」
「ヴィルフリート、ウィリアム。そして、リーデ。勝手な言葉を並べておいて今更だけれど、一つだけ謝らせて欲しい。輪廻をあまりにも都合よく軽く考え過ぎたルーシアが、あたしが貴方達の運命に、全ての悲劇を投げ込んでしまった。真に責められるべき内、少なくともその一人だわ。
ヴィルフリート、ウィリアム、あたしは本当は、貴方達を詰れる立場になどないの。なのにあたしは自分の感情で貴方達を詰ってしまったわ。貴方達がリーデに気付けなかったのもホントのことよ。
あたしはそれを貴方達に話したことについては謝らない。けれど、生まれ変わりをあまりにも軽く考えたあたしが、詰れる立場などではないと気付きながら貴方達を詰ったことは謝らせて」
静かに涙を零しながら頭を下げたルーシアに、ヴィルフリートは首を振った。ウィリアムも。
「ルーシア、君は僕に夢を見せてくれたよ。希望を見せてくれた。僕は僕の恋人が僕の恋人として生まれてくると信じて夢の時間を見た。君の言葉でね。ありがとう、僕の昔の義姉さん」
「俺が謝られる筋合いは何処一つとしてない。生まれは変わっていた。けれど、それは俺が仕出かしたことの免罪符にはならない。ヴィマラの綴った文字を俺が踏み消さなければ従兄弟は流石に気付いただろう。
この物語の結末は、ずっと違ったものになっていたはずだ。ヴィマラは売られた子どもだった。タラと一緒に俺と従兄弟が攫ってしまったところで、何の問題もない子どもだっただろうしな」
ウィリアムの言葉にルーシアは泣きながら微笑んだ。
「ああ、そんな結末の物語ならば……。どんなに誰もが幸せだったか!! 皆が羨む理想のお伽話と成り得たでしょうに!!」
――――『もしも何処かで何かが一つ違えば、結末は理想の御伽話だったかもしれないのに』…………。けれど、一度回った時計の針は、もう戻せない。戻せはしないのだと、誰も知っていた。
「先ずは俺から、昔の妹だった女の子にお別れを。幸せにおなり、リーデ。俺の可愛い妹。俺の従兄弟が愛したウィル兄さまの可愛い妹。幸せに……幸せにな?」
ウィリアムから優しい仕草で頭を撫でられて、懐かしいその仕草にシエルリーデは笑った。
「あら、ウィル兄さまなんて初めて聞いたわ? 姉さまに対抗意識でも燃やしてる? ……ありがとう、ウィル。そしてさようなら。さよなら、ウィリアム・エイディル・フォン・レ・アディルフェンド」
シエルリーデの言葉にウィリアムは優しくて何処か寂しげな笑みを浮かべたけれど、何も言わなかった。シエルリーデもまた、何も言わなかった。言ってはいけないのだ。
「ウィルとのお別れがすんだなら、僕の番だね。昔の恋人からさよならを……」
ヴィルフリートが額に一つ、キスを落とした。次に頬に。右の頬に一つ。左の頬に一つ。それからヴィルフリートはシエルリーデの前に膝を付いた。永遠を誓った遠い日のように…………。
そっと右手を差し出したヴィルフリートの手に、シエルリーデは手を差し出して応える。それは絵本に出てくる挿絵の場面にとてもよく似ていて、なのに正反対の場面だった。
絵本に出てくる場面ならば、少女に手を差し出した少年は言うのだろう。『どうか、この先の人生を僕と共に生きて下さい』と。絵本に出てくる場面ならば、少女は応える。『喜んでお受けします』と。
……気付けばシエルリーデは乱暴に手を振り解いていた。乱暴に払い除け、突然のことに驚いた様子のヴィルフリートにもウィリアムにもルーシアにも、誰に構うこともなくシエルリーデは滅茶苦茶に泣き叫んだ。
「…………イヤよ、いやっ!! どうしてこれが私達の物語の結末なのっ!? どうしてよ、どうしてっ!! どうしてなのっ!? こんなのいやだ、こんなのいやっ!!
解ってるわよ、私の手を受け取って貴方は言うんでしょう、『さよなら僕の昔の可愛い子』って。『さよなら僕の昔の恋人』と言って、私の記憶を消すでしょう? こんなの私の願い続けた夢じゃないっ!!
どうしてよ、赦してよヴィマラ。どうして赦してくれないのよっ!! わたしはアナタだけれど、アナタも私なのよっ!? どんなに私がヴィリーを愛していたのか知っているじゃないっ!!
アナタはとても喜んだじゃないっ!! ヴィリーの姿をみつけたあの日、あんなに喜んだじゃないっ!! 私の心を知っているじゃないっ!! どうしてそこまで私を憎むの。どうして私を苦しめるの?
アナタの怨みさえなかったならば、例え綾袮のお母さまが悲しもうとも、例え綾袮のお父さまが悲しもうとも、綾袮を捨てて私は私に戻れたのにっ!! 私はリーデに戻れたのにっ!!
記憶を消されて、さよならされて、嬉しいわけなどないじゃないっ!! 私はリーデで生きたいのっ!! ほんとはリーデで生きていたいのっ!! リーデは幸せな永遠を夢見てたのよっ!!」
もう無茶苦茶だとシエルリーデだって想う。本当は解っている。どれだけシエルリーデが泣き叫んだって、『あの日』にシエルリーデの身体が異変をきたし始めてからどうにも出来なかったように、時計の針は戻せないのだと解っている。解ってなどいるけれど!!
シエルリーデの記憶を持ちながら生きたインドの時代にヴィルフリートから拒絶されたとき、シエルリーデはまだシエルリーデだった。けれど、売られて売られて、鉄の重しを付けられて。
どう足掻いたって外れない鎖に、重しに、絶望して、売り渡されるその日の朝食の皿を落とした日、シエルリーデの心はヴィマラの心に追いやられた。
『――――ウソツキッ!! アンタは恋人は絶対に気付いてくれるって言ったじゃないっ!! だから、アタシはアンタの言葉とアンタの恋人を信じたのっ!!
こんな辱めを受けることを望んで、今日まで頑張ってきたわけなんかじゃないっ!! ウソツキッ!! ウソツキだっ!! アンタもアンタの恋人もウソツキだっ!!
ダイッキライ!! ダイッキライ!! 赦さないからっ!! おぼえとけっ! ダイッキライ!! おぼえておけぇっ~!! ユルサナイカラァッ!!』
深く深く絶望して、自分を取り巻くモノ全てを恨んで憎んだ七つの女の子は、自分を繋いでいた鎖でもって自分の首を括りあげた。それはヴィマラという名前の七つの女の子の意思だった。
シエルリーデの声は、最早、女の子には、ヴィマラには、適わなかったし、敵わなかった。インドに生きたシエルリーデが最後に出来た自分の主張は、絶命しようという寸前の場面にあった。
朝食の皿が割れたときに切れていた指の血で、ヴィマラが怨みを込めて『ヴィルフリート』と綴った文字の上、意識も呼吸も視界もどんどん朧になっていく中、なんとか床に綴った文字。
『さよなら、ヴィリー』とシエルリーデは書き綴った。本当にきちんと綴れていたのかどうかは、シエルリーデには判らないことなのだけれども……。
ヴィマラの声は憎悪に満ちていて怨みに満ちていた。次に生を受けたとしても、シエルリーデを赦さないと。ヴィマラの声に理解するしかなかった。次に生を受けたとき、シエルリーデは消えているだろうと。
「消されたって想い出すわよ。現に私はヴィマラの怨みに追いやられて消されたけれど、綾袮は私と殆んど同じよっ!! 私は消されたのに、生まれた綾袮が望んだ王子様を知っているじゃないっ!?
永遠を生きる王子様よ、ヴァンパイアの王子様よ!! ピアノなら楽しく自分で弾けるくせに、ヴァイオリンは誰かが弾いてる方が好き!! 当然よ、私はヴィリーのヴァイオリンがとても好きだった!!
アナタに消された私よ、綾袮はヴィリーが判らないのに、ヴァンパイアと聞いて、何を思い付いたのっ!? 真っ先にハンターの衣装を作り上げたわっ!! 私のことよ、私のことよ、私のことよっ!!
消されたって想い出すに決まっているのよっ!! 想い出せないなら、ずっと探して生きるに決まっているのよ!! いつかに別れたような気のする愛した人をっ!!」
みっともないと解っている。けれど、シエルリーデには叫ばずにはいられなかった。ヴィマラは七つだったのだと言い聞かせて、良い子のお手本のようにしていたけれど、限界だった。
シエルリーデは何処かで期待したのだ。ヴィルフリートがそんな言葉は聞けないとごねてくれるのを。永遠を誓った約束を裏切るのかと詰め寄ってくれることを。
もしもそう言われたならば、もしもそう望んでもらえたのならば、シエルリーデはヴィマラなど封じて綾袮も捨ててやるつもりだったのにっ!! 愛しいヴィリーは願い通りには望んではくれなかった。
「嫌いよ、アナタなんて私だって大っ嫌いよ!! 嫌いよ、いやよっ!! どうしてこれが私達の物語なのよっ!? どうしてなのよ、どうしてなのっ!! ごねてもくれない、ヴィリーも嫌いよっ!!
どうして、私は人間なのよっ!? どうして私が人間で、どうしてヴィリーがヴァンパイアなの!? もしも!! もしも私がヴァンパイアなら、昔の短剣一つ心臓に突き立てるだけで、消えてしまえるのにっ!! こんな結末、自分で書き換えて、永遠に終わらせてしまえるのにっ!!
人間のままで何度自害を繰り返したところで、何も変えられないっ!! 永遠の終わりも訪れてなどくれないのよっ!! 知っているくせにっ!? ほんとはアナタが一番ヴィリーを望んでたくせにっ!!」
それまでの静かな雰囲気を一気に壊し、突如として態度を変えて泣き叫んだシエルリーデに、ルーシアの方も心の何処かが決壊してしまった。可愛いリーデは泣いて叫ぶ。
『こんなのいやよ』と泣いて叫ぶ。『イヤよ、こんなの』と泣いて、『どうしてこれが私達の物語なの』と、泣いて泣いて……。ただ、子どものように泣き叫んでいる。
こんなのは自分の願い続けた夢じゃないと泣き叫ぶ。こんな結末を、夢見て望んできたわけじゃないと。当然の言葉だとしかルーシアにだって思えない。
ルーシアが愛した妹が、ルーシアとの別れを交わした日の表情は、ルーシアとの別れを悲しみながらであっても、何処か幸せそうなものだった。否、幸せに満ちた瞳の色をさせていた。
幸せな色に満ちた瞳で微笑んだ妹だから、ルーシアも何の疑いもなく信じていた。だから、別れの言葉に代えて、『永遠の幸せを生きなさい』なんて告げられたのだ!!
静かに運命を受け入れたように語ったシエルリーデの姿に、忘れてはいけないことをルーシアは忘れてしまっていた。受け入れたように振る舞えるからといって、シエルリーデが傷付いていないわけではない。
傷付いていないわけもなければ、幸せな永遠を夢見て信じたシエルリーデが、自分達の物語のこんな結末を、本気で受け入れられているはずもなかったのだ。
「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。あたしの考えの浅はかさが、貴女をそんなにも苦しめることになってしまった!! 可愛いリーデ」
ルーシアには最早泣いて許しを請うことしか出来なかった。そうだ、遠い昔の妹は、とても聞きわけの良い周囲の理想の高貴な血筋の姫君であり、聖女様だった。高貴な血筋の、その実、複雑で憎悪と怨嗟に取り巻かれた、体裁と家名に縛られた窮屈なだけのシエルリーデの生家。
生まれ育ったその家ゆえに、彼女を取り巻く環境ゆえに、シエルリーデはそうならざるを得なかった。ルディエット家の高貴なお人形にならざるを得なかったのだ。とても哀しいことに。
どれだけ自分が苦しむことを言われていても、どれだけ自分が望まないことであっても、シエルリーデは聞きわけた。シエルリーデの聞きわけの良さをルーシアは忘れてはいけなかったのに!!
ルーシアの可愛いリーデは綺麗な顔を涙でぼろぼろにして泣き崩れていた。『ヴィマラ、どうして赦してはくれないの』と何度も何度も繰り返しながら、『アナタなんか大っ嫌いよ』と繰り返しながら、『どうしてそんなに私を憎むの』と、泣き崩れていた。
あまりに強い怨みを残して自ら命を絶った七つのヴィマラ。可愛いリーデの言葉を聞いていれば、なんとなくルーシアには感じられることがある。
インドで生きたあの時代に、シエルリーデはシエルリーデのままだったのだけれど、恐らくヴィルフリートから、ウィリアムから気付いてもらえることが出来ずに、売り渡された後の生活の中でだろう。
当時のインドに生きる子どもの女の子の、過酷な奴隷の定めを生きる女の子の、独自の心が何処かで生まれていったのだろうと。そして、それがシエルリーデが消えた原因と成り果てた。
そうして、今、ルーシアの目の前で泣き崩れているルーシアの可愛いリーデを苦しめている。『自分の怨みを忘れてヴィルフリートの手を取ることなど赦さない』と。
泣き叫んで崩れ落ちているシエルリーデを通して、ルーシアから見たヴィマラの怨みは、あまりにも深く強過ぎる。どれだけシエルリーデが、ルーシアの可愛いリーデが泣いて訴えても、ヴィマラは決して許さないだろう。今、リーデがヴィルフリートの手を取ることを!! 神様なんて、いやしないのだ。
もしも神様が存在するというのならば、ルーシアは大声を張り上げて有らん限りの言葉で持って、怨みの言葉を投げ付けてやるだろう。ヴィマラと同じ程には深くて強い怨みと呪いの言葉を。
言葉だけなどでは気が済まない。当時、神の使いが持つとされた、銀の短剣を神の心臓にその手で突き立て、銀の弾丸で額を撃ち抜き、クロスでもって引っ掻いてやる。もしもそれが叶うのならば!!
こんなにも哀しみを顕わにして泣き崩れている妹に、ルーシアは結局、今も何もしてやることなど出来ないのだろうか。出来ないのだろう。
ヴィルフリートが封じたとしても、シエルリーデが叫んだ通り、ルーシアの可愛いリーデは思い出すだろうと解ってしまった。例え、ヴィルフリートという名前こそ解らなくなったとしても。
シエルリーデは何度でも想い出すのだろう。自分が大事な何かを失くしてしまったことに気付いてしまうだろう。下手をすればその失くした何かを探して生き続ける。
人間である限り何度も死を迎え、何度も生を受け、そんな生き方を続けるだろう。ルーシアが識婁として綾袮と出逢った当時、綾袮はヴィルフリートの名前もシエルリーデの名前も解らなかった。
なのに、綾袮はずっと王子様を探していた。『永遠を生きる死なない老いない王子様』を。『不老不死の王子様』を。さっき、シエルリーデ自身が叫んだように、『ヴァンパイアの王子様』を探していた。
何も覚えてはいないはずの綾袮はずっとそんな調子だった。ルーシアは識婁としてそんな綾袮をずっと見続けてきた。ヴァンパイアの王子様など傷付くだけだと、何人もの男の子に引き合わせてみても、綾袮は苦手と言い張るだけで……。
そんなときに、lamiaは現れた。識婁であるルーシアは、ヴィルフリートとウィリアムだと直ぐに気付いた。気付けないはずがない。タラやヴィマラと同じでルーシアは当時の彼らを覚えているのだから。
ふざけた設定の公式発表を見て、ルーシアは怒っていた。絶対に渡さないと、それまでよりも強固に綾袮を連れ回した。けれど、綾袮が興味を惹かれたのはたった一人。
テレビに映るlamiaを名乗る二人組の、ピアノの少年。ルイスエンド・ルヴィスなんて名乗っているヴィルフリートだった。そして、lamiaの曲を懐かしいと言った。
運命の悪戯というのならば、会わせてみるべきか。チケットを渡した翌日、綾袮は目元を腫らして登校した。驚いて何があったのと訊いたルーシア、識婁に、綾袮は答えてしまった。
『lamiaの曲って、lamiaのルヴィスが歌う歌って、まるでまるっきりわたしの心そのものみたいで大泣きしちゃったの。わたし、ずぅっと何かを探しているのね。とても大事なことを亡くしている』と。
ヴィルフリートの言葉に、シエルリーデは微笑んだ。
「そうね、永遠を誓い合う儀式と同じように、お別れの儀式だって必要だわ。さよならを誓う儀式なんて、普通の人が聞いたら驚くでしょうけどね。私達には必要なものだと思うわ」
そこまでずっと黙っていたウィリアムも口を挟んだ。
「俺からもいいかな? 勿論、俺のは昔の妹みたいな女の子に対しての」
シエルリーデは微笑んで肯く。
「ええ勿論。昔にしてくださったように、頭を撫でて頂いてもいい? とても好きだったのよ、ウィルのその仕草。ヴィリーと喧嘩して泣いてる度に、いつも優しく撫でてくれたでしょう」
「ヴィルフリート、ウィリアム。そして、リーデ。勝手な言葉を並べておいて今更だけれど、一つだけ謝らせて欲しい。輪廻をあまりにも都合よく軽く考え過ぎたルーシアが、あたしが貴方達の運命に、全ての悲劇を投げ込んでしまった。真に責められるべき内、少なくともその一人だわ。
ヴィルフリート、ウィリアム、あたしは本当は、貴方達を詰れる立場になどないの。なのにあたしは自分の感情で貴方達を詰ってしまったわ。貴方達がリーデに気付けなかったのもホントのことよ。
あたしはそれを貴方達に話したことについては謝らない。けれど、生まれ変わりをあまりにも軽く考えたあたしが、詰れる立場などではないと気付きながら貴方達を詰ったことは謝らせて」
静かに涙を零しながら頭を下げたルーシアに、ヴィルフリートは首を振った。ウィリアムも。
「ルーシア、君は僕に夢を見せてくれたよ。希望を見せてくれた。僕は僕の恋人が僕の恋人として生まれてくると信じて夢の時間を見た。君の言葉でね。ありがとう、僕の昔の義姉さん」
「俺が謝られる筋合いは何処一つとしてない。生まれは変わっていた。けれど、それは俺が仕出かしたことの免罪符にはならない。ヴィマラの綴った文字を俺が踏み消さなければ従兄弟は流石に気付いただろう。
この物語の結末は、ずっと違ったものになっていたはずだ。ヴィマラは売られた子どもだった。タラと一緒に俺と従兄弟が攫ってしまったところで、何の問題もない子どもだっただろうしな」
ウィリアムの言葉にルーシアは泣きながら微笑んだ。
「ああ、そんな結末の物語ならば……。どんなに誰もが幸せだったか!! 皆が羨む理想のお伽話と成り得たでしょうに!!」
――――『もしも何処かで何かが一つ違えば、結末は理想の御伽話だったかもしれないのに』…………。けれど、一度回った時計の針は、もう戻せない。戻せはしないのだと、誰も知っていた。
「先ずは俺から、昔の妹だった女の子にお別れを。幸せにおなり、リーデ。俺の可愛い妹。俺の従兄弟が愛したウィル兄さまの可愛い妹。幸せに……幸せにな?」
ウィリアムから優しい仕草で頭を撫でられて、懐かしいその仕草にシエルリーデは笑った。
「あら、ウィル兄さまなんて初めて聞いたわ? 姉さまに対抗意識でも燃やしてる? ……ありがとう、ウィル。そしてさようなら。さよなら、ウィリアム・エイディル・フォン・レ・アディルフェンド」
シエルリーデの言葉にウィリアムは優しくて何処か寂しげな笑みを浮かべたけれど、何も言わなかった。シエルリーデもまた、何も言わなかった。言ってはいけないのだ。
「ウィルとのお別れがすんだなら、僕の番だね。昔の恋人からさよならを……」
ヴィルフリートが額に一つ、キスを落とした。次に頬に。右の頬に一つ。左の頬に一つ。それからヴィルフリートはシエルリーデの前に膝を付いた。永遠を誓った遠い日のように…………。
そっと右手を差し出したヴィルフリートの手に、シエルリーデは手を差し出して応える。それは絵本に出てくる挿絵の場面にとてもよく似ていて、なのに正反対の場面だった。
絵本に出てくる場面ならば、少女に手を差し出した少年は言うのだろう。『どうか、この先の人生を僕と共に生きて下さい』と。絵本に出てくる場面ならば、少女は応える。『喜んでお受けします』と。
……気付けばシエルリーデは乱暴に手を振り解いていた。乱暴に払い除け、突然のことに驚いた様子のヴィルフリートにもウィリアムにもルーシアにも、誰に構うこともなくシエルリーデは滅茶苦茶に泣き叫んだ。
「…………イヤよ、いやっ!! どうしてこれが私達の物語の結末なのっ!? どうしてよ、どうしてっ!! どうしてなのっ!? こんなのいやだ、こんなのいやっ!!
解ってるわよ、私の手を受け取って貴方は言うんでしょう、『さよなら僕の昔の可愛い子』って。『さよなら僕の昔の恋人』と言って、私の記憶を消すでしょう? こんなの私の願い続けた夢じゃないっ!!
どうしてよ、赦してよヴィマラ。どうして赦してくれないのよっ!! わたしはアナタだけれど、アナタも私なのよっ!? どんなに私がヴィリーを愛していたのか知っているじゃないっ!!
アナタはとても喜んだじゃないっ!! ヴィリーの姿をみつけたあの日、あんなに喜んだじゃないっ!! 私の心を知っているじゃないっ!! どうしてそこまで私を憎むの。どうして私を苦しめるの?
アナタの怨みさえなかったならば、例え綾袮のお母さまが悲しもうとも、例え綾袮のお父さまが悲しもうとも、綾袮を捨てて私は私に戻れたのにっ!! 私はリーデに戻れたのにっ!!
記憶を消されて、さよならされて、嬉しいわけなどないじゃないっ!! 私はリーデで生きたいのっ!! ほんとはリーデで生きていたいのっ!! リーデは幸せな永遠を夢見てたのよっ!!」
もう無茶苦茶だとシエルリーデだって想う。本当は解っている。どれだけシエルリーデが泣き叫んだって、『あの日』にシエルリーデの身体が異変をきたし始めてからどうにも出来なかったように、時計の針は戻せないのだと解っている。解ってなどいるけれど!!
シエルリーデの記憶を持ちながら生きたインドの時代にヴィルフリートから拒絶されたとき、シエルリーデはまだシエルリーデだった。けれど、売られて売られて、鉄の重しを付けられて。
どう足掻いたって外れない鎖に、重しに、絶望して、売り渡されるその日の朝食の皿を落とした日、シエルリーデの心はヴィマラの心に追いやられた。
『――――ウソツキッ!! アンタは恋人は絶対に気付いてくれるって言ったじゃないっ!! だから、アタシはアンタの言葉とアンタの恋人を信じたのっ!!
こんな辱めを受けることを望んで、今日まで頑張ってきたわけなんかじゃないっ!! ウソツキッ!! ウソツキだっ!! アンタもアンタの恋人もウソツキだっ!!
ダイッキライ!! ダイッキライ!! 赦さないからっ!! おぼえとけっ! ダイッキライ!! おぼえておけぇっ~!! ユルサナイカラァッ!!』
深く深く絶望して、自分を取り巻くモノ全てを恨んで憎んだ七つの女の子は、自分を繋いでいた鎖でもって自分の首を括りあげた。それはヴィマラという名前の七つの女の子の意思だった。
シエルリーデの声は、最早、女の子には、ヴィマラには、適わなかったし、敵わなかった。インドに生きたシエルリーデが最後に出来た自分の主張は、絶命しようという寸前の場面にあった。
朝食の皿が割れたときに切れていた指の血で、ヴィマラが怨みを込めて『ヴィルフリート』と綴った文字の上、意識も呼吸も視界もどんどん朧になっていく中、なんとか床に綴った文字。
『さよなら、ヴィリー』とシエルリーデは書き綴った。本当にきちんと綴れていたのかどうかは、シエルリーデには判らないことなのだけれども……。
ヴィマラの声は憎悪に満ちていて怨みに満ちていた。次に生を受けたとしても、シエルリーデを赦さないと。ヴィマラの声に理解するしかなかった。次に生を受けたとき、シエルリーデは消えているだろうと。
「消されたって想い出すわよ。現に私はヴィマラの怨みに追いやられて消されたけれど、綾袮は私と殆んど同じよっ!! 私は消されたのに、生まれた綾袮が望んだ王子様を知っているじゃないっ!?
永遠を生きる王子様よ、ヴァンパイアの王子様よ!! ピアノなら楽しく自分で弾けるくせに、ヴァイオリンは誰かが弾いてる方が好き!! 当然よ、私はヴィリーのヴァイオリンがとても好きだった!!
アナタに消された私よ、綾袮はヴィリーが判らないのに、ヴァンパイアと聞いて、何を思い付いたのっ!? 真っ先にハンターの衣装を作り上げたわっ!! 私のことよ、私のことよ、私のことよっ!!
消されたって想い出すに決まっているのよっ!! 想い出せないなら、ずっと探して生きるに決まっているのよ!! いつかに別れたような気のする愛した人をっ!!」
みっともないと解っている。けれど、シエルリーデには叫ばずにはいられなかった。ヴィマラは七つだったのだと言い聞かせて、良い子のお手本のようにしていたけれど、限界だった。
シエルリーデは何処かで期待したのだ。ヴィルフリートがそんな言葉は聞けないとごねてくれるのを。永遠を誓った約束を裏切るのかと詰め寄ってくれることを。
もしもそう言われたならば、もしもそう望んでもらえたのならば、シエルリーデはヴィマラなど封じて綾袮も捨ててやるつもりだったのにっ!! 愛しいヴィリーは願い通りには望んではくれなかった。
「嫌いよ、アナタなんて私だって大っ嫌いよ!! 嫌いよ、いやよっ!! どうしてこれが私達の物語なのよっ!? どうしてなのよ、どうしてなのっ!! ごねてもくれない、ヴィリーも嫌いよっ!!
どうして、私は人間なのよっ!? どうして私が人間で、どうしてヴィリーがヴァンパイアなの!? もしも!! もしも私がヴァンパイアなら、昔の短剣一つ心臓に突き立てるだけで、消えてしまえるのにっ!! こんな結末、自分で書き換えて、永遠に終わらせてしまえるのにっ!!
人間のままで何度自害を繰り返したところで、何も変えられないっ!! 永遠の終わりも訪れてなどくれないのよっ!! 知っているくせにっ!? ほんとはアナタが一番ヴィリーを望んでたくせにっ!!」
それまでの静かな雰囲気を一気に壊し、突如として態度を変えて泣き叫んだシエルリーデに、ルーシアの方も心の何処かが決壊してしまった。可愛いリーデは泣いて叫ぶ。
『こんなのいやよ』と泣いて叫ぶ。『イヤよ、こんなの』と泣いて、『どうしてこれが私達の物語なの』と、泣いて泣いて……。ただ、子どものように泣き叫んでいる。
こんなのは自分の願い続けた夢じゃないと泣き叫ぶ。こんな結末を、夢見て望んできたわけじゃないと。当然の言葉だとしかルーシアにだって思えない。
ルーシアが愛した妹が、ルーシアとの別れを交わした日の表情は、ルーシアとの別れを悲しみながらであっても、何処か幸せそうなものだった。否、幸せに満ちた瞳の色をさせていた。
幸せな色に満ちた瞳で微笑んだ妹だから、ルーシアも何の疑いもなく信じていた。だから、別れの言葉に代えて、『永遠の幸せを生きなさい』なんて告げられたのだ!!
静かに運命を受け入れたように語ったシエルリーデの姿に、忘れてはいけないことをルーシアは忘れてしまっていた。受け入れたように振る舞えるからといって、シエルリーデが傷付いていないわけではない。
傷付いていないわけもなければ、幸せな永遠を夢見て信じたシエルリーデが、自分達の物語のこんな結末を、本気で受け入れられているはずもなかったのだ。
「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。あたしの考えの浅はかさが、貴女をそんなにも苦しめることになってしまった!! 可愛いリーデ」
ルーシアには最早泣いて許しを請うことしか出来なかった。そうだ、遠い昔の妹は、とても聞きわけの良い周囲の理想の高貴な血筋の姫君であり、聖女様だった。高貴な血筋の、その実、複雑で憎悪と怨嗟に取り巻かれた、体裁と家名に縛られた窮屈なだけのシエルリーデの生家。
生まれ育ったその家ゆえに、彼女を取り巻く環境ゆえに、シエルリーデはそうならざるを得なかった。ルディエット家の高貴なお人形にならざるを得なかったのだ。とても哀しいことに。
どれだけ自分が苦しむことを言われていても、どれだけ自分が望まないことであっても、シエルリーデは聞きわけた。シエルリーデの聞きわけの良さをルーシアは忘れてはいけなかったのに!!
ルーシアの可愛いリーデは綺麗な顔を涙でぼろぼろにして泣き崩れていた。『ヴィマラ、どうして赦してはくれないの』と何度も何度も繰り返しながら、『アナタなんか大っ嫌いよ』と繰り返しながら、『どうしてそんなに私を憎むの』と、泣き崩れていた。
あまりに強い怨みを残して自ら命を絶った七つのヴィマラ。可愛いリーデの言葉を聞いていれば、なんとなくルーシアには感じられることがある。
インドで生きたあの時代に、シエルリーデはシエルリーデのままだったのだけれど、恐らくヴィルフリートから、ウィリアムから気付いてもらえることが出来ずに、売り渡された後の生活の中でだろう。
当時のインドに生きる子どもの女の子の、過酷な奴隷の定めを生きる女の子の、独自の心が何処かで生まれていったのだろうと。そして、それがシエルリーデが消えた原因と成り果てた。
そうして、今、ルーシアの目の前で泣き崩れているルーシアの可愛いリーデを苦しめている。『自分の怨みを忘れてヴィルフリートの手を取ることなど赦さない』と。
泣き叫んで崩れ落ちているシエルリーデを通して、ルーシアから見たヴィマラの怨みは、あまりにも深く強過ぎる。どれだけシエルリーデが、ルーシアの可愛いリーデが泣いて訴えても、ヴィマラは決して許さないだろう。今、リーデがヴィルフリートの手を取ることを!! 神様なんて、いやしないのだ。
もしも神様が存在するというのならば、ルーシアは大声を張り上げて有らん限りの言葉で持って、怨みの言葉を投げ付けてやるだろう。ヴィマラと同じ程には深くて強い怨みと呪いの言葉を。
言葉だけなどでは気が済まない。当時、神の使いが持つとされた、銀の短剣を神の心臓にその手で突き立て、銀の弾丸で額を撃ち抜き、クロスでもって引っ掻いてやる。もしもそれが叶うのならば!!
こんなにも哀しみを顕わにして泣き崩れている妹に、ルーシアは結局、今も何もしてやることなど出来ないのだろうか。出来ないのだろう。
ヴィルフリートが封じたとしても、シエルリーデが叫んだ通り、ルーシアの可愛いリーデは思い出すだろうと解ってしまった。例え、ヴィルフリートという名前こそ解らなくなったとしても。
シエルリーデは何度でも想い出すのだろう。自分が大事な何かを失くしてしまったことに気付いてしまうだろう。下手をすればその失くした何かを探して生き続ける。
人間である限り何度も死を迎え、何度も生を受け、そんな生き方を続けるだろう。ルーシアが識婁として綾袮と出逢った当時、綾袮はヴィルフリートの名前もシエルリーデの名前も解らなかった。
なのに、綾袮はずっと王子様を探していた。『永遠を生きる死なない老いない王子様』を。『不老不死の王子様』を。さっき、シエルリーデ自身が叫んだように、『ヴァンパイアの王子様』を探していた。
何も覚えてはいないはずの綾袮はずっとそんな調子だった。ルーシアは識婁としてそんな綾袮をずっと見続けてきた。ヴァンパイアの王子様など傷付くだけだと、何人もの男の子に引き合わせてみても、綾袮は苦手と言い張るだけで……。
そんなときに、lamiaは現れた。識婁であるルーシアは、ヴィルフリートとウィリアムだと直ぐに気付いた。気付けないはずがない。タラやヴィマラと同じでルーシアは当時の彼らを覚えているのだから。
ふざけた設定の公式発表を見て、ルーシアは怒っていた。絶対に渡さないと、それまでよりも強固に綾袮を連れ回した。けれど、綾袮が興味を惹かれたのはたった一人。
テレビに映るlamiaを名乗る二人組の、ピアノの少年。ルイスエンド・ルヴィスなんて名乗っているヴィルフリートだった。そして、lamiaの曲を懐かしいと言った。
運命の悪戯というのならば、会わせてみるべきか。チケットを渡した翌日、綾袮は目元を腫らして登校した。驚いて何があったのと訊いたルーシア、識婁に、綾袮は答えてしまった。
『lamiaの曲って、lamiaのルヴィスが歌う歌って、まるでまるっきりわたしの心そのものみたいで大泣きしちゃったの。わたし、ずぅっと何かを探しているのね。とても大事なことを亡くしている』と。
後書き
作者:未彩 |
投稿日:2015/11/18 22:40 更新日:2015/11/18 22:40 『永遠の終わりを待ち続けてる』の著作権は、すべて作者 未彩様に属します。 |
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