作品ID:776
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欠片の謳 本当の欠片の謳
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
何処にでもある家庭の謳
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「ほんとーにすまないねぇ。霞夜ちゃん、ばあちゃんのわがままに付き合って」
「構いませんよ。おばあさん。私も何となくそういう気分でしたから」
「霞夜ちゃんはほんとー優しいねぇ」
「優しいのは家族に大してだけですよ、ねえ時哉?」
「お前の優しさって分かりづらいんだよ」
杓文字でご飯をお櫃から掬いながら霞夜が器に盛っていく。おばあさんがそれを受け取った。今年で76歳。主人を何年も前に亡くし、二人が来るまで一人で暮らしていた。今では霞夜と時哉の下宿先の主人である。と言っても身の回りの世話が二人の下宿費であり、もっぱらおばあさんは家で畑仕事をしているだけだ。郊外にあるだけあって、畑も大きい。学校からかなり遠いし、交通に不便だか二人はこの生活が気に入っている。ここには確かに笑顔があるから。自分たちの帰る場所に笑顔があってくれるから。
「しかし霞夜ちゃん料理上手になったねぇ…。ばあちゃんより上手いんねぇかい?」
おばあさんがしみじみと言った。確かに、ここに着たばかりの霞夜の料理は悲惨なものだった。最早劇物生成とすら呼べるほど酷かったもの。霞夜は苦笑しながら答えた。
「それはありませんよ。時間が違うんです。私は見様見真似でやっているに過ぎません」
「そうかぇ? 霞夜ちゃんはもっと自信持ったほうがえぇよ」
「そうでしょうか?」
「それは俺も同感。料理の腕は確かなもんだぜ。俺は霞夜の料理で舌が肥えたと思う」
「時哉に褒められると気持ち悪いです」
「何でだよ」
時哉がもしゃもしゃと食べている間に、彼の器のご飯がすぐにからになった。おかずの秋刀魚の塩焼き、漬物、お浸しがもうなくなっていた。霞夜は当然怒る。
「時哉! 私の分のおかず食べましたね!」
「あ、すまん。全部胃の中に収まった」
「殺す」
「すまん」
「謝って済んだら『野良狩り』はいりません」
「だぁぁ! 地味に涙目で睨むな! 分かった! すぐに何か作るから少し待ってろ!」
慌てて時哉は台所の入っていった。霞夜、かなり悔しそうに俯く。残っているのは自分用の秋刀魚だけだ。いくら何でも寂しすぎる。というか胃が満足できない。おばあさんがそのようを微笑ましそうに見て、こう感想を漏らした。
「霞夜ちゃんと時哉君は仲がいいねぇ…」
「…そうですか?」
霞夜は顔を上げておばあさんを見た。とても優しい、まるで孫をみる様に霞夜を見ていた。おばあさんに孫はいないと聞いている。娘夫婦ごと『野良』に殺されたのだ、と。
「ほんとーに孫が帰ってきたきたみたいだぇ…」
「おばあさん…」
おばあさんは時々遠い顔をする。とても寂しそうな、それでいて何処かそれを肯定しているような、そんな表情。霞夜にはよく分からないが、これがご老人というやつなのだろう、と思っている。
「おばあさん、私と別に時哉の関係は同僚なだけですよ。学校もクラスが違いますし」
「霞夜ちゃん、ばーちゃんにまで嘘つかんでいいんよぅ」
一発で嘘だと見抜かれた。霞夜はこれまで、誰にも自分の本当の思いを打ち明けたことなどない。薄々おばあさんには気付かれているな、とは思っていたけれど。まさか、本当に気付いていたなんて。
「霞夜ちゃん、ばあちゃんには全部分かっとるけん。後悔せんうちに、今のうちに、出しておきぃ」
「…おばあさんには、勝てませんね」
霞夜は肩をすくめて降参した。このご老人には全て分かっている。自分がこれからどうするのか。だから、後悔する前に今ここで言っておけ、ということだ。
「…そうですね。時哉には感謝しています。今の私があるのは、全て時哉のおかげですから」
「……」
「おばあさん、少し昔話をしてもいいですか?」
「ばあちゃんでよければ、いくらでも聞くよぅ」
おばあさんは優しい笑顔で答えてくれた。時哉と霞夜しか知らない、霞夜の過去。それを何ヶ月もお世話になっているこのおばあさんに言う決心をした。
「今まで黙っていてすみませんでした。この話は、真っ先におばあさんにするべきだったのに」
「いいんだよぅ」
「では、始めます」
霞夜は時哉が当分戻ってこないことを確認すると重い口を開いた。
「私は、今でこそ『野良狩り』として働き、毎日のように『野良』を駆除しています。ですが、ほんの数年前まで私自身が『野良』だったんです」
「…やっぱり、そうだったんだねぇ」
「すいません、本当に」
「いいんよぅ」
「あれは、私が『野良』としてスラムを駆け回っていたころの話です。私はその日、いつものようにスラム近くに迷ってきた一般人を襲って、金品を強奪しようとしました。当時の私にとっては、それが日常で。奪い、殺し、それを続けるだけが私の意味でした」
「……それで?」
「その時の獲物はとある学生でした。見た目は中学生、大体私と同い年くらいでした。当時、私はそんなに強くなくて、自分より弱そうなやつを狙って襲っていました。これなら勝てる、そう確信して襲い掛かりました。そして――」
ここで、一度大きく息を吸い込む。
「――そして逆襲されました。コテンパンに伸されて、惨敗したんです。私はナイフを持っていて、相手は素手でした。それでも、ナイフを奪われ、殴られてぶちのめされました」
「……当時の霞夜ちゃんはどうして負けたんかぇ?」
「弱かったからです。『野良』にとって、弱さは致命傷なんです。負ければ、待っているのは死ぬことです。だから『野良』は常に勝ち続けないといけないんです。例外なく、全てのやつらは」
「……なるほどねぇ」
「私は、負けました。だから、死を覚悟…した筈だったんです」
「…?」
「死ぬって分かった途端、死ぬのが急に怖くなりました。だから、逃げ出したんです」
「…あらぁ」
「逃げ出されて、相手は呆然としていたようでしたが、すぐに追いかけてきたんです。それはそうですよね。襲ってきたほうが逃げ出すなんてお笑い種もいいところじゃないですか」
「……」
「廃ビルの中に逃げ込んで、それで振り返ったら、誰もいなかったから。逃げ切れた、と思って油断していたんです」
「捕まったん?」
「はい、不意打ちされて。呆気なく御用になりました。それでも往生際悪くじたじた暴れて抵抗したんです。そしたら」
「そしたら?」
「食べるものくれたんです。その人が。『食いくん位しかねえけど食え』って言って」
「…あらあら」
「確かに餓えてました。だから、彼がいることを忘れて貪りました。その様子を、ずっと彼は見ていてました。それで食べ終わった後、こう告げました。『野良でいるのが勿体無いから、ついて来い。そうしたら満腹にまで食わせてやる』と。私はその言葉にホイホイ乗ってついていきました」
「で?」
「連れて行かれたのが『野良狩り』の本部でした。話はあまり覚えていませんが。そこで名も無い私に『天音霞夜』の名前をくれたのが彼なんです。そして、今こうして『野良狩り』の一員としていられるのは、その人のおかげなんです」
と霞夜は一気に喋り、ふぅ…と溜め息をついた。声が大きくないから、時哉には聞こえていないだろう。ジュージューと何かを焼いている音がかすかに聞こえた。
「それと、時哉君と仲がいいのが、何が関係あるんかぇ?」
「そのスカウトしてくれたのが、当時中学生の時哉でした。時哉は、子供の頃から『野良狩り』をしているそうです。そして、先程も言いましたが『天音霞夜』の名前をくれたのは時哉なんですよ。『野良狩り』に入るには絶対名前が必要なんです。だから、今の生活も、この名前も、全て時哉のくれたもの。時哉のことは、なんていえばいいのか分かんないくらいの気持ちを抱いています」
「……」
おばあさんは目を閉じ、何かを思案しているようだ。
「…霞夜ちゃんは、時哉君のこと好きかえ?」
「はい、大好きです。でも、これは絶対時哉には言わないで下さい。私は、この気持ちは全ての借りを返してからいいたんです」
「分かったよぅ」
好きと言う気持ちは本物だ。でも、今は言わない。言っちゃいけない。まだ、自分の中でも整理のついてない気持ちだから。自分を、時哉を苦しめないためにも。
「霞夜?。冷蔵庫にあった卵で目玉焼き作ったから持ってけ?。洗いものしたいから早く」
台所から時哉の声。霞夜はすぐに返事を返した。
「卵!? それは明日のお弁当のおかずです! 何で勝手に使ってるんですか時哉ぁぁぁ!!!」
怒った霞夜が台所に突撃後、皿が割れる音やらフライパンで何かを殴った嫌な音が居間まで伝わってきた。あとついでに時哉の悲鳴も。おばあさんは嬉しそうに湯飲みのお茶を啜っている。
後書き
作者:FreeSpace |
投稿日:2011/06/17 14:14 更新日:2011/06/17 14:14 『欠片の謳 本当の欠片の謳』の著作権は、すべて作者 FreeSpace様に属します。 |
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