蜜雨

其之十七

 以前ブルマにもし自分の家に遊びにくるのなら、カプセルコーポレーションを訪ねてくれと言われたことがあった。都にも行ったことがあるし、ホイポイカプセルだって利用しているは悟空ほど田舎者ではなかったので、すぐにその会社がどんな会社かわかった。驚くと同時に合点がいった。ホイポイカプセルを発明した博士のご令嬢も、もれなくドラゴンレーダーを作ってしまうほどの天才だというわけだ。は世界的に有名な会社の超金持ちなお嬢様のブルマというよりも、ドラゴンボールが発する微弱な反応を発見して、それをキャッチする超精密機械のドラゴンレーダーを作ってしまうブルマという人物に感心してしまった。その話をした時、ブルマがやけに嬉しそうにしていたのは記憶に新しい。

「でかいなーっ! これがブルマんちか?」
「訊いてみよう」

 タクシーに乗ってカプセルコーポレーションまで来たと悟空の前には、広大な敷地の真ん中にドーム状の家が建っていた。
 は柱に付いているインターホンを鳴らすと、スピーカーから機械音声が流れてきた。ブルマに確認を取ると言って通信が途絶えた。悟空が横で柱が喋ったと騒いでいると、すぐにブルマがやって来た。

っっ!! わたしに会いに来たのね!! わたしも会いたかったわーっっ!!」
「うわっ!」
「……オラもいるぞ……」

 悟空の呟きは当然ブルマには聞こえていない。に抱きついて頬ずりしながら会えなかった分を思い切り充電しているようだ。
 一頻りを堪能すると、やっと落ち着いたのか悟空の存在に気づいた。は独占されるし、存在は無視されるしで悟空は眉根を寄せて包み隠さず不機嫌を露わにする。

「いいじゃないのちょっとくらい! あんたはずっとと一緒にいるくせに!!」
「まあまあ……それよりも今日はブルマに用があって来たんだ」
「レーダーこわれちゃったから、なおしてほしいんだ」
「なあんだ……が寂しくてわたしに会いに来てくれたと思ったのに」
「もちろん、ブルマに会いに来たのも本当だよ」

 きゅうん。はさすが性別が女だけあって、欲しい言葉をくれる。誰とは言わないが、どっかの顔だけの彼氏とは違う。
 の魔法の一言で上機嫌になった単純なブルマについていって、家の中を案内してもらった。一応絶望的なまでの方向音痴という設定を抱えているとしては、ひとりでは歩き回りたくないくらいブルマの家は広かった。さすが天下のカプセルコーポレーションである。

「おや、ブルマのお友達か」

 たちが廊下を歩いていると、向かいから自転車に乗った初老の男性がゆっくりと近づいてきた。

「とうさん。ほら、はなしたことあるでしょ。と孫くんよ」
「おおっ! そうか、きみがイケメンのくんとチビの悟空くんかーっ! やたらと強そうなふたりじゃないか!」

 イケメンというのはよくわからないが、ブルマがを男として話していて助かった。

「……で、ブルマはくんあたりとキスは済ませたのか?」
「するはずないでしょ!!!」

 相手は自分と同じ性別だ。いくら男装したがドンピシャの好みだとしても、ブルマにそっちの趣味はなかった。
 親子ふたりが言い争っているのをが乾いた笑いをこぼしながら見守っていると、悟空がの服を引っ張った。

「なあキスって「悟空はまだ知らなくて……っっ??!!」こういうことだろ? じっちゃんの修行で教えてもらったんだ!」

 ニカっと得意げに笑う悟空がの視界を支配する。きっとがかめはめ波を練習していた時に行われていた授業で教わったのだろう。は教わった覚えなどないのだから。

「っ地獄に落ちやがれーーーっっ!!!」

 ぱりーん。の幻の左手(ただのグーパン)が炸裂し、悟空は窓を突き破って外へ放り出されることになった。口論していたブルマたち親子は、突然のの叫びと怒りに目をまん丸に見開いていた。

「すみません……窓、弁償致しますね」

 にっこりと完璧なまでの笑顔の後ろに般若が見えたのは気のせいだろうか、いや、気のせいではない。
 風通しが良くなった窓からそよぐ風がやけに冷たく感じた。



 たかが口と口を合わせただけで、なぜぶっ飛ばされたのだろうと首を傾げながら悟空がブルマの部屋に来た頃には、ドラゴンレーダーはすっかり直っていた。

「なあ、なに怒ってんだよ」
「怒ってない」
「怒ってるじゃねえか」
ったらわたしが訊いてもなにも答えてくれないのよ。どうせ孫くんがなんかしたんでしょ?」
「オラなにもしてねえよ。キ「うわああああ!!!」いてっ!!」

 悟空のことだから無自覚なのだろうが、無自覚に辱めてくるからタチが悪い。が止めなければ、キスしただけだと確実に口走っていた。絶対にそうだ。
 焦って悟空の口を掌で抑え、そのまま勢い余って押し倒してしまい、悟空が頭を打ちつけていたが、そんなことよりもは自分で悟空の口を掌で押さえたくせに、悟空の唇の感触を意識してしまい、顔を真っ赤にして悟空の(さっきとは逆の)頬に平手打ちをかました。平手打ちなのは(自分にも非がある為)の最低限の優しさであった。

「どうどう! 、落ち着いてよ!」

 天下一武道会でもこんな必死になるは見なかったのではなかろうか。いつもは怒るブルマを宥める役をしているだが、今回は珍しくブルマがの宥め役になっていた。

 なんとかを落ち着かせ、暇を持て余していたブルマは、明日が日曜日というのも相まって、悟空たちのドラゴンボールさがしを手伝うことにした。悟空は筋斗雲にも乗れないし邪魔だと難色を示すが、ブルマが発明したミクロバンドで自身を小さくして持ち運んでもらうと説得して、結局ついていくことになった。

「まあーーーっ!! あなたがちゃんと悟空ちゃんね!! はじめまして、わたしがブルマのママでーっす!!」

 手にはジュースの乗ったお盆を持ち、いきなりブルマの部屋に登場したのは、見た目も口調も若々しいブルマの母であった。

「あら? あらあらあらあら」

 しかしブルマの母はを見るなり、お盆をその辺に放置してとの距離を縮め、顔をぐっと寄せての両頬を掌で包み込んで至近距離で顔を見つめた。はブルマの母の行動の真意が分からず、固まるしかなかった。

ちゃんったら本当に綺麗なお顔立ちですことーーーっ!!」
「うぇ?!」

 さすが親子、好みは一緒である。

「今度わたしと一緒にデートしましょうね!」
「かあさん! 口説くのやめてくれる!?」
「ブルマったらちゃんをデートに誘えないからって嫉妬しちゃだめよーーー」

 違う、そうじゃない。
 イライラが最高潮に達しているブルマを、今度はが宥めるのであった。



 ブルマがカプセルケースを探しに、と悟空を引き連れてメンテナンス室へと入ると、ブリーフがなにやらよくわからない機械を弄っていた。

「とうさん、わたしのカプセルケースどこだっけ?」
「わしの机の上にあるが……それよりもブルマ、胃薬しらんかね。昨日母さんに付き合ってケーキを三個も食べたら胸焼けが……」
「わたしが知るわけないじゃない! まったく、すぐどっかやっちゃうんだから!」

 ブルマ母のイライラが継続しているのか、ブルマは御目当てのカプセルケースを見つけると、さっさと部屋を出て行ってしまった。

「あの……俺のつくった薬でよかったら飲んでください」

 先に行ってしまったブルマの背中を見失わないうちに、はこっそりブリーフに薬を渡すと、ブリーフの返事を聞く前にそそくさとブルマを追いかけてしまった。
 ブリーフに渡したこの薬が、これからを繋ぐきっかけになったのはまだ誰も知らない。



 ところ変わってここは無人島。
 海底に沈んでしまっているらしいドラゴンボールをどうやってさがすか作戦会議が開かれていた。

「オラ、海にもぐってさがしてくる!」
「ほっほっほ! そんなことしなくても、潜水艇を使えばいいのよ!」
「おお! さすがブルマだな!」

 もっと褒めてと上機嫌なブルマがカプセルケースを開けると、なんとそこにはひとつしかカプセルが入ってなかった。どうやらブリーフのカプセルケースだったらしく、一変してブルマの表情は絶望に染まった。

「いやな予感がするわ……」

 ブルマはたったひとつのカプセルを恨めしそうに睨みつけるが、万が一役に立つかもしれない。と悟空に促され、意を決してカプセルのスイッチを押して投げた。

「へんなの……こいつらフロじゃねえのにハダカになってら」

 見事ブルマのいやな予感は的中し、カプセルの中には大量のえっちな本が収納されていた。我が父ながら恥ずかしいことこの上ない。
 父親からとんだ辱めを受けたブルマはヒステリーを起こしながら、悟空が拾い上げた本も奪ってビリビリに破り裂いた。あの天才と名高いブリーフ博士も、所詮はただの男だったというわけだ。今度ブリーフにどんな顔して会おうかと、苦笑をもらしつつは思い悩むのであった。

「でものハダカのがキレイだな!」
「なによ、まるでのハダカ見たことあるような口ぶりじゃない!」
「ああ、ある「さっさとドラゴンボールさがしにいけっっ!!!」

 最近多くないか、この流れ。
 は悟空を海の彼方まで蹴り飛ばし、ブルマはいろんな意味で固まっていた。

「ままままさか……そっ孫くんと……!!」

 なにを想像しているのかあまり考えたくはないが、常人よりも頭の回転が速いブルマがさまざまな憶測を打ち出していることは、顔を赤くしている時点で見てとれた。

「落ち着いてくれ、ブルマ」

 は深く深くため息を吐いて、お風呂覗かれ事件と人生最大の嘘をついた話をするのだった。






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