蜜雨

其之四十六

 もはや筋斗雲での定位置となった悟空の胡座の上に座るの手がふと悟空の目に入った。

「おめえその手……」

 悟空とピッコロの試合に手を出さないよう拳を握りしめて自制していたの掌は血が滲んで傷ついていた。これ程までに自分の気持ちを汲んで耐え忍んでいたの健気さに悟空は胸がいっぱいになって、思わず後ろからを抱きしめた。甘やかに拘束する悟空の太く逞しい腕にはそっと手を添えると口を開く。

「悟空を信じ続けてよかった。勝って、生きててくれて……本当によかった」

 ぎゅっと悟空の腕に添えた手に力を入れる。こんな手の傷なんて悟空がピッコロから受けた痛みとは比べものにならない。それよりも悟空を信じてできた傷に誇りすら生まれる。

「もっと強くなんねえとな……にこんな思いさせねえように」

 に応えるように悟空も抱きしめる力を強くすれば、いつになく真剣な声色の悟空には赤くなる頬を誤魔化すように話題を変えた。

「あの、ね、悟空……本当に私が悟空のお嫁さんになっていいの?」

 悟空のことはもちろんだいすきだし信じているし、悟空と結婚できるなんてしあわせすぎてどうにかなりそうだ。でも天下一武道会で、しかも試合中にプロポーズされて舞い上がって返事してしまったけれどはいまだにどこか夢を見ている気分だった。

「言ったろ、オラは以外いらねえって」

 悟空はの顎を掴んで、ちゅ、とまたキスを重ねる。あとでいくらでもしていいとから言い出したことだが、それにしても悟空はキスしすぎではないだろうか。

「もうはオラのもんだ」
「ふふっ……悟空も私だけの悟空なんだからね?」

 悟空の直接的な言葉は時々困るけれども、こうしてすぐに不安を払拭してくれる。
 安心感が広がったがうれしそうに、しあわせそうに微笑みながら悟空の胸に身を委ねている姿になんだかたまらなくなる。悟空はこの感覚をうまく理解していなかったが、これぞときめき――まさに悟空はきゅんと胸打たれていたのだ。

「ね、悟空に会わせたいひとがいるんだけど……連れてってもらっていい?」

 の願いならかなえてやりたい。悟空はもちろん断る理由もなく、筋斗雲を走らせた。



 悟空に頼んで連れてきてもらったここは、かつて師匠に教えてもらったお気に入りの場所――そして師匠が静かに眠っているお墓でもある。

「師匠、お久しぶりです」

 途中で摘んできた花を墓標に添えて、いつも試合前後にするように流れるような動作で一礼して手を合わせた。悟空もに倣って一礼して手を合わせる。

「ふふっ師匠にいちばんに報告したくて、悟空と一緒にきちゃいました。はだいすきなひとと結婚致しました。今すごくしあわせです」
のじいちゃん、オラあん時より強くなったろ? をまもれるくらい……だからオラにをくれよな!」

 天国にいる師匠はなんと言っているだろうか。孫悟飯とともに祝福してくれているだろうか。

「そういえばあの時師匠とどんな話してたの?」
「礼儀がなっとらん! って怒られたな!」
「あはは! 師匠らしい!」

 師匠は武道家として礼節を重んじる人間であった。だからこそ師匠に礼儀作法を叩き込まれたも身体に染み付いて、試合前後の一礼を欠かさずしているのだ。

「あとは……おまえがもっと、をまもれるくらい強くならなきゃ認めないとか言われたっけ」
「あの師匠がそんなことを悟空に……」
「でもオラぜってえ強くなってをまもるって約束したぞ!」

 その笑顔に何度でも恋をしてしまう。こみ上げてくる愛おしさに、何度も胸がいっぱいになる。こんなにもひとをすきになるなんて思わなかった。理性を失い、なりふり構わずに、このひとのそばにいたいとみっともなく願ってしまう。

「悟空……愛してる……」
「オラものこと愛してるぞ」

 どうか師匠の前で愛を誓い合ったこと、唇を重ねたこと、怒らないでください。






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