「しっ!!!! しまったあ~っ!!!!!」
無事悟空へ界王拳と元気玉の伝授を終え、明日のサイヤ人たちとの決戦を待つばかりとなった今、なにか重大なことに気がついた界王が焦った声を上げた。どうやら悟空たちが蛇の道を通って帰る時間を計算に入れていなかったらしい。修行を終えてパワーアップした悟空たちでも、下界へ帰るには二日かかる。どうあがいてもサイヤ人たちが地球へ到着するまでには間に合わない。このままでは仲間が殺されてしまうと嘆きうろたえるふたりを一蹴し、界王は自身の背中に片腕をつけて地球の仲間にドラゴンボールで生き返らせてもらうよう頼めと早口でまくし立てた。
「武天老師さま、です。聞こえますでしょうか?」
も悟空同様、界王の背中に手をあてて亀仙人へ語り掛ける。
『! おぬしは生きておるのか?! 悟空と一緒か?!!』
「はい。色々ありましたが、私は生きております。悟空と一緒にあの世で修行をしていました」
『そうか……みんな心配しておったのだぞ! ブルマのやつは特に……!』
「すみません……必ず帰りますので、ブルマにも、みんなにもよろしくお伝えください」
思えばラディッツが地球へやってきてから、約一年ほどはみんなの前から姿を消していたことになる。心配するのも無理はないだろう。今度ブルマに会ったら謝らなければ――そのためにはまず、なんとしてでもサイヤ人を倒さなくてはならない。は覚悟を決め、亀仙人たちによって生き返った悟空とともに現世へと向かうのだった。
其之六十七
蛇の道をすばらしくはやく駆け抜け、閻魔大王の元で待っていた神と合流した悟空たちは天界に戻ってきた。神とポポへの再会のあいさつもそこそこに、彼らはすぐに筋斗雲を呼んで強大な気が集まっている地を目指して去っていった。
「気の数があわねえ……!! だ、だれか死んじまったのか!?」
悟空よりも気の察知能力が高いは悔しさに唇が震える。
「悟飯、クリリン……そしてピッコロ以外はもう……!!」
この先の言葉は続けられなかった。これ以上口に出したら、それこそ受け入れたくない事実を認めてしまうようで耐え切れなかったのだ。悟空の山吹色の道着をぎゅっと握り締め、悲しみに打ちひしがれた表情を隠すよう悟空の胸に顔を埋める。の小さい頭を抱いた悟空は、これから待ち受けている惨状を想像し、静かに心火を燃やしていた。
*
「はーっはっは!!! グシャグシャにつぶされた息子をみたときのカカロットのカオがたのしみだぜ!!!」
自分を庇って殺されたピッコロのカタキ討ちで悟飯はすべての気を放出したが、巨大な岩石のような体躯のナッパのウデをちょいとしびれさせるだけであった。力を出しきってへたり込む悟飯に、ナッパの並外れた筋肉に覆われた足が振り下ろされる。もうだめだと迫りくる絶望に目を瞑る悟飯と地に伏したクリリン。
「……き……筋斗雲……!?」
ところが、ズシャッとナッパが鈍重に響かせた音の先には誰もいない。悟飯は筋斗雲によって助けられていたのだ。
奇妙な雲の塊に乗る悟飯をナッパは訝しんでいたが、ベジータだけはいち早く悟空との存在に気づいて上空を睨みつけていた。悟飯とクリリンは懐かしくも大きく成長したふたりとの再会に喜びと希望を溢れさせた。
「お……かあ、さん……おとうさん……!!」
「ご……ご、悟空…………!!!」
ところどころ大地が抉れ、これまでの過酷な戦闘が窺える荒野へ悟空とは降り立つ。周囲に倒れている仲間たちを見遣り、彼らは沸々と怒りを滾らせた。ベジータの片目を覆っている機械から、悟空の戦闘力がどんどんあがっていることを知らせる電子音がピピピと鳴る。となりのを見れば、戦闘力不明と警戒信号の表示が。ラディッツの通信の通りだ。
「ベジータ、こいつがラディッツがヤリそこねた治癒能力を持ってるって女か?」
「おそらくな……」
「いい女じゃねえか。カカロットの女にしとくにはもったいねえ……どうだ? オレさまたちに従うなら、命だけは助けてやる。イイ思いもさせてやるぜ?」
イイ思いに含まれた意味なんぞ、深く考えなくてもわかる。は下卑た笑い方をするナッパを蔑むように鋭く睨みつけた。
「下衆が……ッ!!」
「その反抗的な態度……いますぐねじ伏せてやる!!」
グア、とナッパがへ飛び掛かるが、瞬時に悟空がを抱えてナッパの攻撃を避けつつ肉厚な背中を蹴り上げる。ナッパは悟空がなにをしたのか理解できないまま、顔から地面へとめり込んだ。
「オラのに手を出すんじゃねえ」
「ご、くう……」
力強くを抱き、無様に蹲るナッパへ吐き捨てるように告げる。そのまま悟空は倒れているクリリンの元へ歩みを進め、筋斗雲に乗っている悟飯もそばへと呼び寄せた。は久方ぶりの我が子を優しくけれどもしっかりと抱きしめ、悟飯もまたひと回り大きくなった腕で夢にまでみた母親を抱きしめ返す。
「悟飯、ひとりにしてごめんね……本当にごめんね……っ!」
「おかあさん……ボク、おかあさんは絶対に生きてるって信じてた……!」
いまだサイヤ人の脅威は予断を許さない状況であることには変わりないし、ずいぶんと時間もかかってしまったが、家族全員がそろった。少しだけ、ほんの少しだけ家族の時間を許してほしい。
「おくれてすまなかったな……よくこらえてくれた……」
「クリリン、今治療するね」
悟空は満身創痍のクリリンのそばへ跪き、労いの言葉をかけながら体を起こしてやった。息子との再会とケガの治療を終えたは、次にクリリンへ手を翳して治療を施す。
「す……すまん……、生きてたんだな……よかった」
「うん、心配かけてごめんね」
すっかり元気になった悟飯とクリリンはしっかりと地に足をつけ、自力で立てるようになった。回復したおかげで少しだけ表情が和らぐ。そこへナッパが鬼の形相でこちらを――特に悟空を睨んできた。悟空にしてやられた先刻の攻撃に、よほどはらわたが煮えくり返っているのだろう。
「き……きさまぁ~~~……!!!」
「おめえたちははなれててくれ。まきぞえをくらわねえように……、悟飯とクリリンを頼む」
激昂するナッパに反して、悟空は泰然とした態度であった。しかしはわかっていた。悟空がはげしい怒りの炎を燃やしていることを。だからこそは悟空の言葉に素直に頷き、悟飯とクリリンを離れた岩陰へと連れていった。
ついに本格的に始まったナッパと悟空の闘いは、悟空が圧倒していた。ナッパの動きはことごとく悟空に読まれ、ナッパが攻撃を仕掛けるたびに悟空は殺された仲間たちのうらみを晴らしていく。だが、何度やられても立ち上がるナッパのとんでもないタフさには、さすがの悟空も敵ながら感心するしかなかった。その余裕もまたナッパの神経を逆なでする。なぜ名門出のエリートの自分が、たかが下級戦士の悟空になめられるのか。完全にブチ切れたナッパは再び悟空に襲い掛かろうとするが、それをベジータが一喝する。
「おろかものめ!!!! アタマをひやせ、ナッパ!!!!」
おかげで冷静さを取り戻したナッパは、落ち着いて態勢を整え悟空と対峙した。それでもナッパと悟空の力の差は歴然だ。クリリンと悟飯もすっかり気を緩め、悟空の勝利をほぼほぼ確信していた。とて、悟空がナッパに負けるはずがないと信じている。気になるのはナッパの後ろに控えている男――ベジータだ。あのナッパまでも一瞬で従わせるとなると、相当の実力者に違いない。
「これで終わりだ……!」
苛烈な攻防の末、ナッパはニヤリと口角を上げた。カパッと口を大きく広げ、強力なエネルギー波を吐き出す。咄嗟にまともに受けるのはやばいと判断した悟空は、自身もかめはめ波を放ってナッパのエネルギー波の軌道を変えつつ相殺した。互いのエネルギー波が衝突し爆風が吹き荒ぶ。やがて風がやむと無傷の悟空が現れた。これにはナッパも戸惑いを隠せない。悟空も悟空で、かめはめ波をすこしはくらったはずのナッパが、いまだぴんぴんしていることに歯がゆさを感じざるを得なかった。このまま膠着状態が続くかと思いきや、ずっと仁王立ちでナッパと悟空の戦闘を観察していたベジータがまたも口を出してきた。
「もういい!! 降りてこいナッパ!!! きさまではラチがあかん!! オレがかたづけてやる!!」
業を煮やしたベジータの言葉に、はじめはナッパも渋っていたが、ベジータには逆らえないのか嫌味たらしく笑いながら悟空の処刑をゆずった。まさか本当に出番がまわってくるとは思ってもみなかったベジータは、忌々しげに舌打ちする。惑星ベジータの名をもらうほどの天才戦士の実力がついに明らかになるか。
「ベジータの命令だから、きさまはベジータにまかせる……だが、オレさまもこのままひっこんじゃ気がすまん……」
このまま大人しく引き下がるかと思いきや、ナッパは岩陰に隠れていたたちに狙いを定めていた。凶悪な殺気と急激に昂る気を察知したは、悟飯とクリリンを庇うように前へ出た。
「ッッ!!!!」
この距離ではナッパの攻撃を完全に止めることはできない。悟空は託すようにの名を叫んだ。
「まかせてッッ!!!!」
が叫んだと同時に、ナッパの口から悟空へ放ったときと同等のエネルギー波が吐き出された。かなり体力を消耗しているはずなのだが、本当に底なしである。
再び爆風が巻き起こり、勢いよく砂と煙が辺り一面を覆った。これでなにもかも消し飛んだ。絶望に染まる悟空の顔を想像するだけで笑いが込み上げてくる。
「残念だったなカカロット! きさまの女も、ついでにガキも……塵ひとつ残さず始末しッが……ぐぅ?!!」
「誰を始末したって……? この下衆野郎ッッ!!!!」
いつの間にかナッパの懐に入り、腹に重い一撃を与えて怯んだ隙にはさらに追い打ちをかけるように、ナッパの背中へエネルギー波を放った。その威力はナッパが吐き出したエネルギー波ほどもある。ナッパはなすすべもなく地面へ叩きつけられ、呻きながら助けを求めるようにベジータへと手を伸ばしていた。
「おかあさんすごい! ボクにはぜんぜんおかあさんの動きがみえなかったよ!!」
上空から悟空とともに悠然と降りてきたに悟飯が飛びつく。
「もしかしても悟空と一緒に界王さま、って人に修行してもらったのか……?」
「うん、私だって地球を……みんなをまもりたいもの! それに、悟空ばかり強くなるなんてズルいでしょ?」
「は、はは、おまえたち夫婦ときたら昔っから変わらねえなあ……」
強くなることに一途すぎる夫婦に、亀仙人との修行時代からふたりを知るクリリンは舌を巻きつつも呆れた笑いをこぼした。
「ねえ、おかあさん、いったいどうやってあいつを倒したの?」
「それはね……」
はあのときナッパが吐き出したエネルギー波をまるまる呑み込んでいた。そして爆風を突っ切るようにナッパめがけて飛び上がり、ナッパから吸収したエネルギーを使って増強した拳打を腹に一発ぶち込み、残りすべてのエネルギーをナッパの背にぶつけた。そう、ナッパは己が吐き出したエネルギーによって倒されたのだ。
以前からは気を応用して、自身のみならず他者へ治療を施したり、攻撃やガードをしていた。そして今やエネルギーの吸収さえできるようになっていた。それらすべてが持つ天才的な気の応用力やコントロール、さらには無限に湧き続ける気があってはじめて成り立つ技ばかりである。今まではなんとなくで繰り出せていたから技の研鑽を怠っていた。というよりも、あまりにも感覚頼りすぎて、どう磨けばわからなかったのだ。しかし界王の指導により、その特殊な体質を理解し技として昇華できたからこそ、彼女はナッパを苦もなく倒せたのである。
「ベ……ベジータ……た……助けて、くれ……!」
悟空とから受けたダメージで立ち上がれないナッパの手を取り助けるのかと思いきや、ベジータはニヤと残忍な笑みを浮かべてナッパを宙へ放り投げた。一気に高めた鋭利な気がビリビリと悟空たちの肌を刺し、ナッパが木っ端微塵に吹き飛ばされる。轟音が鳴り響き、風圧だけで辺り一帯の地面が大きく削られていた。巻き込まれないよう上空へ移動していた悟空たちは、途方もないベジータの力に唖然とするしかない。
「、悟飯たちを連れてカメハウスに帰ってくれ!」
先刻よりも余裕を失い、複雑な面持ちをした悟空の気持ちを察したクリリンは、が返事をする前に早く行こうと促してきた。だがは険しい顔で悟空の道着を掴む。
「イヤ。私も悟空と一緒に戦う」
「……」
「って言っても、悟空はひとりで戦いたいんだよね」
厳しく寄せた眉をふっと緩めた。
わかっている。桃白白の時も、ピッコロ大魔王の時も、ピッコロの時も、いつだって悟空はひとりで戦うことを望んでいた。まるで己の力を試すように。
「でも、ラディッツのときのようにむざむざ悟空を死なせるような真似はしたくない……だからもし悟空が死にそうになったら私は黙っていないと思う」
「ああ……わかった」
名残惜しそうにゆっくりと道着を掴む手を放して真剣な眼差しを向けると、悟空もまた張りつめた顔つきで頷いた。
悟空が負けたら、地球は滅びてしまうだろう。であれば、少しでも勝率を上げるためにはなんとしてでも悟空を説得して一緒に戦うべきだ。行かないでほしい。本当は情けなく縋りついて、力尽くで止めたい。しかしそれではまるで悟空ひとりでは勝てないと訴えているようで、これ以上制止の言葉を口にすることはできなかった。
ピッコロが死に、神様も死んで、ドラゴンボールは永久になくなってしまった。もうだれひとりとして生き返れない。悟空がベジータに殺されてしまったらと想像するだけで心臓が嫌な音をたてて脈を打ち、深い絶望に襲われる。
もし悟空の死が近づいたとき、はきっと――